2006.11.04

ビョウキジン

宇和島徳洲会病院の腎移植のニュースで、新聞の見出しには「病気腎」という言葉が使われていた。「鮭(サケ)」が切り身になったとたんに「シャケ」と化すごとく、病気腎ってすごくモノ(物)っぽいよね。

2005.06.20

デュカプリオ再び

基本的には、自分のWeblogのことはリアルの知り合いには教えないのだが、たまたま魔が差して知らせてしまった友人がいる。もちろん相手は、自分がここでどんな恥ずかしいことを書こうが後ろ指をさしたりはしないであろう、ちゃんとした大人である。先日、その友人と「スクリーン」(映画雑誌)の話をした。

「スクリーンってのは、昔から人名表記が独特でね、(今は知らないけれど)マーチン・スコルセーセとか、ジュリー・アンドルーズとか書いてたんだよ」と自分。すると彼女が、「じゃあ、「デュカプリオ」っていうのもそれなんだね~(笑)」と言う。

いや、それまで気付かなかったのだ。レオナルド・ディカプリオだって……(汗)。確かに綴りは "DiCaprio" だもんな~。ここでも、過去に何度もデュカプリオって書いてた気がする。う~ん、思い込みってこわい。阿呆の記念に、あのエントリのタイトルはそのままにしておくことにした(笑)。

まあ、ほかにもご指摘いただければ、そういう、思い込みでの恥ずかしい表記ミスは沢山あると思う。

だいたい、ホウ・シャオシェンのホウが「候」ではなく「侯」だと気付いた日も、本当に穴があったら入りたかったもんなあ。「西原理恵子」が「サイバラリエコ」だったとわかったときも。

大昔には「ホテイトラヤス」とか「ゼットガンダム」とか発音して、後輩に笑われた覚えが……。

そんなボンクラな自分も、他人のミスには厳しい。言わないけれど、厳しい(笑)。←最低じゃん。

よくある例だと、一般映画ファンならいざ知らず、中華系の電影迷が「非情城市」と書いていると、本当に悲しい。いや、いまだに多いのだ、この例は。

誤記ならまだしも、「この人がこの言葉を使うか」と思うとがっかりすることもある。

以前、個人の日記のWeblogで、非常にクールな文章を書く女性がいた。もちろん、本人を知っているわけではないが、ある日彼女が、その日記の中で「お洋服」という言葉を使った。まあ、「お洋服」という言葉自体は、好きではないが決定的に嫌うような言葉ではない。最初からそういう言葉を使いそうな人がそういう言葉を使うなら、別段驚くにはあたらない。だが、普段とても冷静で、ユニセックスな文体に好感を持って面白くて読んでいた彼女の文章の中でこの単語を見たとき、こちらの相手への勝手な(本当に勝手な)思い入れが覆されてしまった気がして、以来、徐々に幻想が薄らぎ、いつしかRSSリーダーから登録を外してしまった(いやあ、読み手なんて勝手なものだ)。

「お洋服」タイプの言葉では、「お給料」という言葉も、使われるとかなりがっかりするのだが。「デュカプリオが何を言うかね」と、笑ってやってください。

2004.05.15

腐れ婆も小声で叫んでみる

カンヌで上映される韓国映画のうちの1本、《清風明月(Sword in the Moon)》。古装物は余り得意ではないため、たいして興味がなかったが、「とり☆blog」さんのところの5/12の記事を読んで、思わず画像探しのネット旅に。

いや、ポスターを一目見て爆笑した。このポスター、キャプションつけるなら「世界の中心で、俺たちは愛をさけぶ」だよな、まさに。叫んでるよ、これ。ポスター見た限りじゃ、とり☆さんのおっしゃるとおりだ。チェ・ミンスとチョ・ジェヒョンが主演。

映画もヒットしているが、本屋で平積みになっているのを見るたびに、(読んでいないので、内容はわからないが)どうもタイトルが気色悪くて仕方のなかったベストセラー「世界の中心で、愛をさけぶ」。間に「俺たちは」を入れただけで、こんなに胸がスッキリするなんて(爆)。(←お前だけだよ!)

最近、腹立ちつつも最も気に入ったコトバは 「未納でも 退かんざき」。読売新聞に載っていた、投稿だったかと思う。カンザキさんって、言葉遊びしたい人間には、便利な名前だ(関係ないが、やはり、年金は税にすべきだと思うよ)。

2004.03.27

赤ちゃんが乗っています

表示の目的はわかるから一概に異を唱えたくはないが、見るたび妙に考えさせられる言葉だ。

考え込んでしまう、と言ってもいいぐらい、ステッカーの意図と、言葉自体と、貼った人の気持ちと、読まされた者の気持ちが頭の中で浮かんでは消え、悩まされる。そう、「赤ちゃんが乗っています問題」って言うぐらい、これに(マイナス方向に)反応する人も多いようだ。

でも、「大切な人が乗っています」だったか、「大事な人を乗せています」だったか、そんなプレートを見たときには、「テメエの赤ん坊は大切で、外の他人は大切じゃないんかい!」と心中で思い切りつっこんだものだ(笑)。

そして、最近見たのは、謎の英語(らしきもの)。

「BABY IN CAR」

これ、英語としておかしくないか? こういうのOKなのか? 「It’s a SONY」の逆パターンか? 内容はともかく、それでいいのか気になって、気になって。

帰国子女のアナタ。ネイティブなYOU。誰か教えてくださいませ。

2004.02.01

銭とる苦患は死ぬ苦患

会社の仕事と、もう1つの別の仕事のどちらもが、うまくいかずにアップアップしていたら、ふとタイトルの言葉を思い出した。

2年前に亡くなった明治生まれの祖母が、仕事で落ち込んだ自分によく掛けてくれた言葉だ。別に、励ますような意味もないし、モチベーションを上げるとか、ポジティブになるというような言葉ではない。

「銭とるクゲンは死ぬクゲン」

(仕事をしてお金を稼ぐのは死ぬほど苦しいことだ。でも誰だって苦しいんだから、我慢して頑張りなさい)

ちゃんと調べたわけでも、説明を受けたわけでもないが、いつもそんなふうに受け止めていた。

お前は世界に1つだけの個別の存在なんだから、自信を持ってゆったりとやってみなさい……とか、そんなんじゃなくて、「苦労をするのが人間だ、人生だ」っていう人生観そのものが明治フレーバーで、それがいいかどうかは別として、ある意味フレッシュだ。

今や日本では、どこを掘ったって出てこない、思想の絶滅種に違いない。

漢字は、クゲンを辞書で引いてみたら、当てはまりそうなものが「苦患」しかなかったので、それを使ってみた。ちなみに意味は、(仏教で)地獄で受ける苦しみ(by三省堂新明解国語辞典第五版)とのこと。ま、苦しみのことだよな。

ほとんど祖母に育てられたと言っていい自分は、何かあると、祖母の言葉が呪文のように頭の中にぽっかりと浮かんでくる。メジャーなことわざ・故事成語は少なく、どこか微妙に、勘違いが入っているかもしれないし、方言が混ざっているかもしれない不思議な響きを持つ言葉が多い。

んなわけで、特にどうということもないが、単なる自分の懐かしみのためにカテゴリを作ってみた。名前は「ユキゴログ」。祖母の名前と「語録」と「ログ」を掛け合わせたもの。昔の人の生の言葉、まとめてみたら意外と面白いかも知れないなと……。

(ま、日々聞かされていた当時は、うっとおしかったですよ。で、韓国映画『おばあちゃんの家』なんか見ると、身につまされて、身につまされて……)

「同じ言葉、聞いたことがあるよ」という方がいらっしゃいましたら、よかったら反応していただけると嬉しいです……だから、どうなるわけでもないんだが。

2004.01.02

心をこめて

朝日新聞(asahi.com)の「小泉首相の靖国神社参拝巡る記者団とのやり取り 」

  ――2拝2拍手1拝の神道形式をとりましたか。
   いや、心をこめて参拝しました。

思わず、むかし流行ったギャグを思い出した。レストランでの、ステーキの焼き具合を尋ねる店員と客の応酬。

「お肉はどのように焼きましょうか?」
「心をこめて焼いてください」

んで、きょうは歌舞伎に行ったんだよね、この人。どこへ行こうといいんだけどさ(靖国神社以外なら)。

結果的に、我々がこういう人を「選んだ」わけだし。あ~、やんなるよ。