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2008.03.24

俳優萬歳

"バンコク明け"の半徹状態で、アラブ映画祭2008にて、かろうじて2本見る。10秒ほど意識が遠のいた時間はあったけれども、それ以外は、幸いにして全く眠くならず。楽しかった。

1本はシリア映画、『サービス圏外』(毎度のことながら、10分遅れで入場したため冒頭を見逃す。ごめんなさい)。刑務所で服役中の親友に代わり、親友の妻と娘の支えとして、生活費から日常の雑事までを手助けをしている妻子ある中年男が、親友の妻への愛に悩む話で、こう書くと意外に「よくある話」の感じがするが、日本人の感覚で驚くべきは、主人公の男が、親友の家庭と自分の家庭とを、まるで2人の妻を持っているかのように、公然と行き来することである。親友の娘を学校まで迎えに行ったりもする。そういう二重生活は、やましいところは何もないという表向きの前提で、互いの家庭で了解済みなのだが、男の妻は、夫がよその家庭に入り浸るのは面白くないし、親友の妻も、自分たちのために尽くしてくれる男が「家族」ではなく、自分の家庭を持っていることが何だか面白くない。その実、親友の妻と男の間の気持ちは、「夫の友人」「親友の妻」という以上のものになりつつあり、男の妻もそれを疑っているから、関係者は皆、自分の中の疑いと恐れと満たされぬ思いを抱えてボロボロである。しかし、映画はコメディ。絡まりあった2つの家庭の男と女の奇妙な日常を、からかうように慈しむように、映し出す。

今ひとつ、シリアの事情を知らないために理解しきれなかった部分もあるのだが、見どころは、映画祭パンフレットの紹介にもあるように、ロングで映し出されるダマスカスの風景。そして、主人公の男の八面六臂の仕事っぷり。多分本来の仕事である菓子作りのほかに、タクシーの運転もすれば、仕事かどうかは知らないが、シリア在住の日本人("シャンタニ"さん)にアラビア語を教えたりもする。タクシーに乗り込むヘンな客たちとのやりとりも面白いし、"シャンタニ"さんとの場面も何ともユーモラス。そんな軽妙な喜劇描写とともに、どうにもならない愛に悩む孤独な人間たちが濃く描かれている。一言で言ってしまえば、凝った不倫物コメディ。楽しいけれど、要素が多すぎるせいか、やや散漫に感じられた。

2本目は、たぶんこの映画祭の、いくつかある目玉の1つとおぼしきエジプト映画、『ヘリオポリスのアパートで』。いつもエジプト映画では俳優たちに「参る」のだが、今回も、芸達者な男優陣と魅せる女優陣に惹きつけられた。俳優たちの描き出す人間像の深さ、面白さ、陰影に感じ入るというのは、当然、監督の演出の力でもあるのだろう。女性の人生の愛や結婚に関する価値観をテーマに、20代後半の純朴な女性が、上エジプト(南部エジプト)の田舎からカイロを旅する数日間の体験を描いた、自己発見の物語。エジプトは、アラブ世界のハリウッドと言われる映画大国で、当然その主流は娯楽作品であり、作家性の強い芸術映画を作っていくのは大変なことだと、日本人が見たら十分ロマコメな娯楽作と言える『ベスト・タイム』『カット&ペースト』のハーラ・ハリール監督が東京国際映画祭で言っていたが、『ヘリオポリスのアパートで』は、どのあたりの位置にあるのだろうかと、ふと思う。

学生時代の音楽教師が語った運命的な恋愛観に感化されたまま大人になり、特定の恋人もできず、親の勧める縁談にも気乗りせずの、悩める夢子ちゃんが進退窮まって、カイロにいるはずの昔の音楽教師を訪ねて、田舎町からやってくる。まだまだ女性の自立などとは程遠い価値観を持つ人々の多い地方で暮らし、28年間の人生で初めての旅。しかし訪ねた相手は「失踪中」で見つからず、探し回る中で出会う人々から、恋愛や結婚の苦しみや喜びといった現実を学び取っていく。結局、家に帰って親の勧めるルートに乗ってしまうのか、それとも「誰か」と出会うのか、どちらにしても余り釈然としないなぁと思いつつ、練れた脚本にぐいぐい引っ張られて、ヒロインの奮戦を楽しんだ。終盤は、ハッピーエンドのラブ・ストーリー的な方向に向かっては行ったが、結局、ヒロインが夢子ちゃんを脱却し自信に満ちた自分の人生を歩み出すのだろうなと思わせる、含みのある旅立ち(帰郷)で、見事に終わってくれている。

都会で出会った運命の恋人とのハッピーエンドのラブ・ストーリーが悪いわけじゃない。けれどそれでは、彼女が少女のころに見た夢が実現しただけだ。先生の言ったことは正しかった。自分の人生は間違いじゃなかった。それでは、お話にならない。

とはいえ彼女の「自立」は、人にはそれぞれに悩みがあり、喜んだり悲しんだりしながら生きていることを知ったこと、人生とはそういうものであると悟ったこと、都会で出会った運命の恋人がありのままの自分を認めてくれたことからくるもので、彼女自身も、物語そのものも、恋愛や結婚という巨大なイリュージョンに掠め取られている、あるいはその域を出ないという意味では、やはり娯楽作品か。

これも映画祭パンフレットの紹介文にあるが、ムハンマド・ハーン監督、女性を撮らせたらビカ一だそうで、それはこの映画の地味でおどおどとしたヒロインが、画面の中でどんどん輝きを増すのを見ればわかる。旧作『ヒンドとカミリアの夢』の上映日に行けなかったのが悔やまれる。

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