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2007.11.18

寒くて熱い日

2007年のフィルメックスが始まりましたね。このところ、ちゃんとした感想文が書ける自信など全くないので、適当におしゃべりしてみます。

オープニングは、カンヌ60回記念で制作された世界の監督35人による各3分間のオムニバス『それぞれのシネマ』。これは面白かったですね。気楽に楽しく見ていられるのが何よりも良いですが、見た後にあれやこれやと好みを語るのも楽しいでしょう。当方は1人で見に行っているので語りあう相手もなく、まあ、こんなところでつぶやいてみているわけですが……。個々の作品の多くは、劇中映画として古典的な名作を、舞台となる映画館で「上映」していたりするわけで、それらの作品を知っていればなおさら面白かったり、納得がいったりするのでしょうが、フランスやイタリアの古典的な名画をほとんど知らない恥ずかしい奴なので、わかりません。でも、知らなくても十分楽しく見られます。

最も好きなのは、キアロスタミの、ロミオとジュリエットを見ながら涙する女優たちです。素晴らしいイラン女優たちの表情を見ているだけで、こっちも涙が出そうに……。映画館へのオマージュと、俳優のすばらしさをシンプルに見せただけでしたが、感動しました。ウォルター・サレスの、土着な掛け合い漫才いや掛け合いラップ(?)も受けていましたね。楽しかった。最後の監督名のクレジット自体がオチみたいで、「なるほど~」と微妙な笑い(←失礼な)を誘っていたのはラース・フォン・トリアー。ケン・ローチもですか? まあ見ている側からすると、どの作品も監督名が「答え」というか、見ながら「誰の作品だ?」とクイズをやっているような気分になります。スレイマンとか、カウリスマキみたいに、おなじみの俳優さんが出てきてにっこりというようなものもあれば、劇中劇となる映画が楽しいこともある。エマニエル夫人の航空機内の濡れ場とか、とても久しぶりに見て懐かしかったです(昔はテレビでしょっちゅう放映されていたような……)。コーエン兄弟の作品も面白かった。ジョシュ・ブローリン(あれは『ノーカントリー』と同じ役柄でしょうか?)、昔テレビドラマでファンだったんですね(←吹き替えが鈴置(洋孝)さんだったからというのが最大の理由でしたが)。

俳優といえば、ここで絶対に挙げておかなければならないのが、王家衛の作品。作品自体はさっぱり面白くなく、専門的に何と言うのか知りませんが、お得意の一部画面から切れた大写しの顔で、劇中映画と音楽と、時折の女性との回想シーンをはさみながら、ほとんどずっと若い男が映っているだけです。張震かと思えども全く違う。陳坤かとも思ったけれど、王家衛と関係あるなんて話は聞いたことはあったっけ? と……。で、エンドクレジットになって、監督名の後に出てきた出演者名が「范植偉」。びっくりしました。門下(?)に入って、やっと主演で使ってもらえたのか~という感慨もありましたが、このところ王家衛の方も、范植偉の方も作品情報をチェックなどしていなかったので、ひたすら驚いて、目をこすりました。この作品、元祖動画アップロードサイトでも丸々見られるみたいです。このほか東アジア圏の監督作品は、北野武を除くと全て華語片だったのですが、最もきれいごとにまとめていなかったという理由で、蔡明亮の作品が好きです。李康生は、子どもの蔡明亮のおとっつぁん役(笑)。すっかりおとっつぁんです。

『無用』、『私たちの十年』、『東(Dong)』の賈樟柯特集。きょうの最大の発見は、『東』に「Dong」と付けられている理由でした。これは「East」の東ではなくて、この作品の対象である画家の劉小東の名前だったんですね。タイトルバックを見ていて、ふと、「『無用』には「Useless」とついている。『私たちの十年』には「Ten Years」とついている。なのに『東』にはどうして「East」とつかずに「Dong」とついているのだろう」と思い、気付きました。皆さんはすでにご存知だったのでしょうが……。タイトルについて言えば『無用』も、実際はこの映画のテーマである馬可という服飾デザイナーのブランド名なのですが、後半から切り替わるおなじみ汾陽の、最先端のファッションとは無縁の鉱山労働者の人々の姿を見ながら、現実の生活からは全くかけ離れたファッションの「無用」さ、無力さを皮肉に感じたりしました。Q&Aを聞く限りでは、監督にそんな意図はなさそうでしたけれどもね。自分の作品は、批評家には、ドキュメンタリーをとればフィクションみたいだと言われ、フィクションをとればドキュメンタリータッチだと言われる、と「フィクション」と「ドキュメンタリー」に関する質問に対し、ちょっとうんざりするように語っていました。実際、監督にしてみれば「フィクション」だろうが「ドキュメンタリー」だろうが、自分の創り出すものという点では変わらないのでしょうからね。後半に流れた、大陸の荒くれたフォークソングのようなロックの歌声(左小祖咒『愛的労工』)が非常に印象的です。

実は『無用』は前半をほとんど寝てしまったという……(←また直前にビール飲みました。懺悔)。でも後半に入って、汾陽の風景と、王宏偉を彷彿とさせる地元の男たちの姿を見て一気に目が覚めました。

とはいえ、作品としては『東(Dong)』の方が強烈で濃厚で、それはやはり劉小東その人が発散する熱と、彼の絵画の持つ力から来るものなのだろうと思います。三峡ダム建設のために長江河岸の建物を取り壊す仕事をしている労働者たちを描く劉小東の制作の工程がそのまま映っている。描いた絵もまた凄いです。カメラの前で武術の所作を始めたり、とつとつと繰り返し芸術観について語る、曲者です。賈樟柯が劉小東のエネルギーに孕まされて、産んだ子どもが『長江哀歌』なんじゃないか、なんて思えてくるほど劉小東も『東(Dong)』も濃いです。ものを表現しようと思う人々には、非常に刺激的な作品だと思います。(でもまだ、『長江哀歌』を見られていません。かならず、どこかの映画館で見ようとは思っているのですが……(高崎に行くしかないのか?)。昨年のフィルメックスのオープニングは、仕事のためにチケットを無駄にしてしまったのです)。

『私たちの十年』は、ナンファンデイリーこと「南方都市報」という、中国大陸の新聞紙の創刊10年を記念して制作された8分の短編。南方都市報が報道してきた10年を、同じ列車を利用する客の10年の日々に重ねて、趙涛と田原(←私が見たのは『蝴蝶 羽化する官能』以来。大分活躍しているようですが、相変わらす可愛いです)が演じています。終盤の、いるはずの家族が側にいない趙涛に対する田原の「どうして1人なの?」と、登場からここまで1人でしか電車に乗っていない田原に対する趙涛の「どうしていつも1人なの?」という台詞は、その場の会話以上に何か深い意味があるのでしょうか。賈樟柯は、南方都市報について、その報道姿勢を日頃から評価していたので依頼を引き受けたと語っていましたが、私も大陸芸能情報を必死で追いかけているころには、ずいぶんお世話になった馴染みのメディアの1つです。日本の一般紙などでも、世界情勢のページの中国大陸情報には南方都市報発のものがよく出ていますね。この南方都市報、本サイトもさることながら、確か「南方周末」という週に1回出る新聞(雑誌か?)のウェブ版も、映画の話題や作家論らしきもの(中国語が読めるわけではないので詳しくはわからない)が文化面に載るときがあり、アカデミックでなかなか良い感じだったことを記憶しています。もちろん今もあるサイトです。

ちなみに、あの2両列車は、南方網の記事によると、汾陽と同じ山西省の省都、太原郊外の化学工場(とどこか)を結ぶ鉄道らしいです。鉄道の画面はちょっと『鉄西区』みたいな風景でした。

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コメント

亮香さん、こちらこそお久しぶりです。コメントありがとうございます。

>王家衛の作品ですが、「それぞれの映画館」ということで、実際スクリーンでは如何だったのでしょう?

大きなスクリーンでも「誰?」「何?」です。でも「誰、誰なの?」とどうしても気になるほど見ていて良かったわけではないので、書いたとおり、「張震かぁ?」「陳坤あたりかぁ?」という程度のどうでもいいレベルの推測をしていました。

小さいPC画面での印象と、さほど変わらないと思います。でも、柑橘類が転がるシーンと、画面の赤だけは素敵だと思いました。

こんな名前もあったかとお思いかもの亮香です。お久しぶりといえば范植偉も、ですね。のこのこでてきました。王家衛の作品ですが、「それぞれの映画館」ということで、実際スクリーンでは如何だったのでしょう?私はPCの小さな画面で観ていました。が、何なに?誰?でした。彼をみるつもりで目を凝らしていても印象に残ったのは冒頭の夏みかん?と真っ赤な靴だけでしたので。ゴダールへのオマージュ?未見なのでわかりません。石公さんが目をこすって・・とあり頷く私でした。飛び入り失礼致しました。亮香

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