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2007.07.08

悪い教育つれづれ

キリスト教圏の学校を舞台とする大人による少年たちへの性的虐待を描いた話というのは多く、近いところで触れたものでも『バッド・エデュケーション』がそうだったし、直接宗教的なものは描かれてはいないが『エディンバラ・埋められた魂』がそうだった。

2005年の東京国際映画祭と先月のEUフィルムデーズ2007とで、なぜか2回も見てしまった『シレンティウム』(オーストリア映画)も、話の発端は、カトリック男子校の生徒だった時代に、神父による性的虐待を受けたとして告発したザルツブルグ音楽祭総裁の娘婿が殺され、真相解明のために冴えない中年の私立探偵が雇われるというもの。でも、「発端」はほとんど主筋には関係がない。ザルツブルグという音楽の都の、音楽祭とカトリック教会を舞台に、欲望にまみれた関係者たちの癒着の内幕を暴くという重たい内容ながら、タッチはオフビート・サスペンスとでも言うような軽いノリ。「軽さ」は、主人公の中年探偵のくたびれた感じに負うところが大きいか思うが……。本国ではコメディとして公開されたそうだ。というか、立派なコメディである。バラバラ死体が発見されるシーンなのに、それまでの恐怖から一転してブラックユーモア……というか笑える場面になっているし、主人公と仲間たちが犯人から熱湯のシャワーを浴びせられる場面だって、「もうだめだ」と思いきや、誰かが傘を取り出して、仲良くちんまり傘の下に納まって熱湯を防いだりする構図が何とも面白い。有名な映画のパロディ・シーンらしきものもあり、激しいカーチェイスもあり、主人公の冴えないジョークあり、そして最終的に何も「解決」しないで終わるという、盛り沢山かつ、ハリウッド的にすっきりと結末が落ちないという意味で、ヨーロッパらしい映画だ。(でもこれは、映画祭のコンペ作品にするような映画じゃないだろう)

さて、本題は映画の話ではなく本の話。国書刊行会から発行されている全5巻の「短編小説の快楽」シリーズの第1回配本、アイルランドの現役作家ウィリアム・トレヴァーの短編を集めた『聖母の贈り物』である。読んだのは4月ごろだったのだが、収録された短編のどれもが今もって鮮烈な印象を残し、好きな作品はいくつもある。が、衝撃度という点で、この本の最初の1編ほどに度肝を抜かれた作品は、過去に読んだ小説の中にも余りないのではないかと思う。全く違うものだが、台湾映画『月光の下、我思う』を見たときのような驚きだった。その第1編『トリッジ』は、小説のキーパーソンの少年の名前がタイトルになっていて、イギリスの私立校での少年たちの寄宿生活の場面から始まる。あまり細かく語ってしまうと面白くないので言わないが、内容そのものよりも、そこに描かれた状況のキツさに驚愕した。訳者の栩木伸明氏によるあとがきには、「トレヴァーは、カトリック的心性にひそみ入りやすい欺瞞を見逃さないと同時に、神秘的なものを神秘のままに受け止める無垢な精神のありように深い共感を抱いている」とあり、(日本語版という意味で「カバーバージョン」の)「ベストアルバムをつくるつもりで短編集を編んだ」とのことだが、前半のキャッチーで多彩な短編のあと、うなるような傑作中篇を中心に据え、後半はひたむきなアイルランド人の生き方を描いた2編で盛り上げ、若い女性が旅先で人生の啓示を受けるさわやかな小編で締めるという、充実の1冊だ。舞台となる場所は様々だが、基本的には作者の国アイルランドが舞台であり、その風土も細かに描かれているので、アイルランド好きの方にもおすすめである。

この本を読んだあと、なぜか今昔物語集が読みたくなった。

で、墨染めの衣に身を包む「悪い教育者」のイメージといえば、どうしても石橋蓮司(@大森立嗣『ゲルマニウムの夜』)だったりする。

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