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2007.06.24

下流中年日乗

大変古い話で恐縮ですが、ドヨンさん、カンヌで主演女優賞をとっちゃって、《密陽》がますます楽しみ(って、「楽しい」映画じゃないことは明白なんですが……)。

5月12日にEUフィルムデーズ(←『シレンティウム』(再見)と『ひかりのまち』を見ました)に出かけて以来、職場以外には全くどこにも出かけていない毎日の中で、印象的だったのは、たまたま仕事から帰って食事をしながら見た、深夜の1962年のアメリカ映画『終身犯』のテレビ放映。終身刑で服役中の男が、獄中で小鳥を飼ったことをきっかけに鳥の伝染病の研究に没頭、受刑者にして鳥類学の権威となる。生きることに対する意欲を取り戻し、囚人の人権問題にも一家言を持つようになるが、終身犯として生涯を終えるというもので、映画自体は長すぎて焦点がぼけた感がある。が、特に前半の、刑務所の中で鳥を飼い独房中に繁殖させ、鳥かごだらけの房の中で鳥たちの病気の研究に打ち込んでいく主人公の様子には、「何だ、このヘンな映画は!」と驚きつつ引き込まれた。「ありえねぇ~」と思っていたら実話に基づく話だそうだ。最初の刑務所での、主人公と看守との人間的なやりとりが良い。これから鳥を1羽育てようという、まだ心を閉ざしている主人公の無愛想な振る舞いに、実は彼に理解を持っている看守が苦言を呈する場面だ。主演はバート・ランカスター。彼はこの作品でヴェネチア国際映画祭の主演男優賞をとったというだけあり、ジョン・ウェインの男っぽさとジョージ・クルーニーの色気を供えた、とでも言うような非常に魅力的でかつ複雑な人間像を築き上げている。

先週やはりテレビで見た、6月10日の2007年トニー賞の授賞式も印象的だった。新聞などで既に報道されたとおり、ブロードウェイにブームを巻き起こしたというロックミュージカル『春のめざめ』(Spring Awakening)が、ミュージカル部門のうち8つの部門を押さえて強さを見せたが、何とこの舞台、演出はマイケル・メイヤー、音楽はダンカン・シークの、「この世の果て……」コンビ。メイヤーは最優秀演出賞を、シークは最優秀楽曲賞(※)を揃って受賞した。((※)最優秀楽曲賞は、作曲ダンカン・シーク/作詞スティーヴン・セイターの2名に贈られた。さらに、セイターは脚本家として、本作で最優秀ミュージカル脚本賞もとっている)

『春のめざめ』は、19世紀ドイツの劇作家フランク・ヴェデキントの、当時上演禁止となった戯曲『春の目ざめ』という古典劇をロック仕立てのミュージカルにしたもので、内容はそのタイトルのとおり、10代の若者の性と社会的抑圧に関するもの。シンプルな舞台装置と、ダンカン・シークの楽曲(『この世の果ての家』映画版(DVDタイトル『イノセント・ラプ』)をご覧の方ならわかる、ちょっと感傷的でポップな曲調だったりするわけでしょうね)、ハンドマイク使い、大胆なラブシーン(←男女のラブシーンです、念のため)などが評判を呼んだという。日本人で、ブロードウェイまで行って見た人の感想などを読むと、若手の俳優たちの魅力、演出的に面白い部分、配役の面白さなど、複数の人たちが思い入れを込めて書かれていて、はまる人は深くはまる類の、つまりはブームになるような特別な力を持った舞台なのだなと思われる。

授賞式でのマイケル・メイヤーのスピーチも、興味深いものだった。自分の両親は、舞台の登場人物の親たちと違い理解があり、彼が8歳のときに既に、ジュディ・ガーランドのカーネギーホールのライブ・アルバムをプレゼントしてくれたのだ、などというサービス・トークもあったが、社会的に抑圧されている人々の声を世の中に届けるのだという思いを持った仕事であること、そういう立ち位置で仕事をしている人なのだということがよくわかり、「この世の果て……」の見え方もまた違ってくるかな、と思ったりもした。

そういえば、見逃して悔やんだ、お耽美カルト少女映画(←なのか?)『エコール』は、フランク・ヴェデキントの原作(『ミネハハ』)で、『エコール』の監督は、ギャスパー・ノエのパートナーであるルシール・アザリロヴィックである。監督インタビューによると、まず原作ありきで映画化したというし、DVD特典として収録されている『エコール』のPVはギャスパー・ノエが撮っているらしいし、撮影は『アレックス』や『変態村』のブノワ・デビエだし、やはり『エコール』は見なきゃいかんだろうか。

ちなみにヴェデキント(ヴェーデキントとも表記)作品の邦訳は、『エコール』公開を受けて出版されたらしい『ミネハハ』は普通に買えるようだが、『春の目ざめ』(岩波文庫、河出文庫、三笠文庫)『地霊・パンドラの箱 』(岩波文庫)などは、既に古書でないと買えない。

映画原作周辺の小説で最近買ったのは、ガエル・ガルシア・ベルナルの新作として制作ニュースが出ていた(本当かどうかは知らない)『ペドロ・パラモ』の著者ファン・ルルフォの、傑作と言われる短編集『燃える平原』である。メキシコのからからに乾燥した空気の中での、単純で含蓄に富んだ物語の数々。プルーの『ブロークバック・マウンテン』が描いたワイオミング――あの厳しい自然の風景が、普通のブラック・チョコレートのような気すらしてきてしまう、100%カカオのシュガーレス・チョコレートのような濃く渋い味わいの小説だ。

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