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2007.03.24

アラブ映画祭雑感

17日から18日にかけて、アラブ映画祭2007で3本と半分の映画を見た。(もう1週間過ぎちゃったじゃん)

サウジアラビアの『沈黙の影』は、大分遅れて途中から入場したので「見た」とはいいがたいが、近未来設定の社会風刺のきいたサスペンス映画で、展開は猛烈にゆるいけれど、中東版未来世紀ブラジル的趣あり。サウジアラビアでは政策によりここ20年間映画自体が禁止されてきたが、2005年に初めて女性と子ども限定のアニメーション専門の映画館ができたということで、この映画はサウジ初の長編作品。アヴドゥッラー・アル=ムヘイセン監督自身が所有するスタジオで、自身の制作により完成。ということは、いわゆる「アラブの大富豪」か?

自分が見たうちで、もっともお客が殺到していたのが、ヨーロッパ各国とチュニジアの合作映画『バーブ・アジーズ』。ハーブ・アジーズ(アジーズじいちゃん)と孫娘イシュタールが砂漠を旅しながら出会う人々とのエピソードと、じいちゃんが語る昔話が交錯する幻想的な物語。アラブがつくる「アラブ的幻想譚」は、朝日選書『ハリウッド100年のアラブ』の言う、西欧社会の作り上げた「富と愛欲と不思議のアラブ」のイメージとは全く違う、
生と死に関する哲学的な話になっていくのは、フィルメックスで見た『半月』なども同じだなと思う。厳しい自然環境の砂漠に生きるということは、常に死と背中合わせということであり、生死について、人生について、考えざるをえないということなのか。『バーブ・アジーズ』でじいちゃんの語る、水面を見つめたまま人生を悟ってしまった若き王子の話に登場する、王子役の俳優の美しいこと!

これもまた初の長編になるイエメン映画『古きサナアの新しき日』は、現代のメロドラマで、身分相応の婚約者のいる富裕層の若者と、労働者階級の女性との悲恋と、彼らをとりまく昔ながらの「村」的なイエメンの社会の様子を、ヨーロッパから来たカメラマンという外の視点から描いた作品。外国人視点特有のエキゾチズムのあざとさを感じないこともないが、夢のように美しい古都サナアの街並みはもちろんのこと、忍者のような目以外は全て布で覆った女性の民族衣装とか、婚礼のしきたりや衣装とか、頭にカゴを載せた卵売りとか、ジン(魔物)に関する風説などに、やはり心ひかれるし、「古の街サナアの不思議」に酔っていいように映画もつくられている。新しい朝は毎日やってくるが、本当の意味での新しい朝、「新しき日」はサナアにはやってくるのだろうか。待っているのはヒロインである。

アラブのハリウッドと言われるエジプトの新作映画『ヤコービエン・ビルディング』は165分の大作で、1930年代に高級住宅として建てられ、今は様々な階層の人々が住むヤコービエン・ビルディングの住人たちの群像劇だ。様式美にさほどこだわらず、個々の登場人物たちの「今」の生活とその心理を丁寧に追っているので、テレビドラマの3時間スペシャル物を見ているような感じを受けた部分もあったが、オールスターキャストでつくられたベストセラー小説の映画化で、エジプト映画史上最大の予算を注ぎこんだ作品なのだそうだ。監督は30歳のマルワーン・ハーミド。高名な脚本家ワヒード・ハーミドの息子で、長編は初監督となる。

『ヤコービエン・ビルディング』の主な登場人物は、上流階級から、社会の底辺に生きる人々まで5人。

ビルに事務所を持つ初老の男は、若き日に過ごしたパリを思いながら、女性との色恋沙汰にうつつをぬかす「有閑」男で、酒場の女性との情事の後、相手の女性に金目の物を一切合財持ち逃げされたのをきっかけに、実の姉からも家を追い出され殺伐たる日々に身を埋めていく。

高官(パシャ)の息子として裕福な環境で育った彼が、軽蔑しながら成り上がる様を見てきた、自動車会社を経営する実業家がいる。金にまかせて政治権力の中枢を目指すその男は、性欲亢進気味で、妻に隠れて、イラクで夫を亡くした子持ちの美女を2番目の妻としてヤコービエン・ビルディングに住まわせる。子どもと引き離され、ヤコービエンの部屋の中にほぼ軟禁状態の2番目の妻が妊娠を告げると、「約束が違う」と、数名の手下を使って彼女を強制的に病院に運び中絶させてしまう。

エジプト映画史上初という、ゲイの中年男も登場する。ヤコービエン・デルディングに住む彼は、エジプトを代表する雑誌の編集長で、頭髪は後退し腹の出かかったインテリである。彼がゲイであることは近所でも職場でも公然の秘密となっていて、映画では、アフリカ系の兵士と街で出会い、故郷に妻子のあるその兵士を「落とし」て、兵士の妻子をも巻き込み、悲劇的な結果を迎える顛末が中心になる。子ども時代、両親から疎まれ、唯一自分を心配してくれる存在だった召使いの若者(下男)に心を寄せるようなったエピソードも描かれ、彼の指向が理由づけされる形だが、最後には、街で出会った男に寝首をかかれ命を落とす。女好きの初老の男も、権力欲にまみれた悪徳政治家(実業家)も生き残るのに、彼が死んで終わるのは納得しがたいが、イスラム圏ではここまでが精一杯なのだろうか。

この映画の主要な登場人物のうち、命を失くして終わるのは、前述の同性愛者の男と、もう1人、ビルの管理人の息子である。息子の物語は、彼が「ビルの管理人」の家庭の出自ゆえに希望する仕事にもつけず、大学でも多数はである上流階級の子弟たちから嫌がられ、学内の宗教活動に救いを求めたことがきっかけで、イスラム過激派の兵士になっていく様子を描き、エジプトの階級社会の厳しさを見せつける。彼のエピソードは、何だかエジプト版『パラダイス・ナウ』とでもいう感じだった。最後は、過激派として政治家の暗殺の任についた彼が、仲間たちと、ターゲットの政治家と、そのガードたちとの路上の銃撃戦で、銃弾に倒れて終わる。

死んだ管理人の息子が幽かな恋心を抱いていた、ビルの屋上に住む若い女性がいる。彼らは恋人同士とまではいかなかったが、とても親しい友だちだった。女性を演じたヒンド・サブリーはエジプトの人気女優で、長谷川京子似のさわやかな美人である。ヤコービエン・ビルディングの屋上には、貧困層がひしめきあうように暮らしている。彼女がソファに座ってテレビを見るシーンでは、屋上なので屋根などない。父を失い、病弱の母と年下の兄弟たちを養う彼女の「職場」の現実は、どこにいってもセクハラづくめだ。身体を触られるのが嫌で辞めた職場の次に、友人の紹介で就職した洋品店では、局部を触ることを強要する店主がいた。その彼女が、秘書として勤めることになるのが、一番最初に書いた女好きの初老の男の事務所である。びっくりするような彼女の結末は、ラストシーンともなって、映画の最後を締めくくる。

登場人物のプロフィールを書いただけで大河ドラマのようになってしまったが、まさに圧巻の物語だ。ヤコービエン・ビルディングが象徴するのは、ビルディングの名のとおりの「階層」。エジプト社会のがっちり組みあがった階層の中で、ある者はのさばり、ある者はあえぐ。のさばっている奴らが「処罰」されないのが、とてもリアルだ。

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