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2006.12.31

2006年の印象に残ったもの

映画に限らず挙げてみようと思っていたら、すごいことを発見してしまったので、まずはその導入から……。

ことし非常に強い印象を受けたものの1つが、トニー・クシュナーの舞台『エンジェルス・イン・アメリカ』の米テレビ局HBO制作のドラマのDVD。およそ6時間におよぶ大作ながら「物語」でないところが素晴らしいし、おそらくは舞台脚本をそのまま使用している上に、現実離れした場面が展開するのに、個々のキャラクターのリアリティと脚本の圧倒的な意志によって、荘厳かつ建設的な作品になっている。ここでも何度も書いてきたが、最も好きな登場人物(って、そんな見方もおかしいが)は、ジェフリー・ライトが演じたベリーズ。ジェフリー・ライトはヒゲの生えたアフリカ系アメリカ人のおっさんだし、ベリーズ役はスキンヘッドで、表面的には「ゲージツ家のクマさん(篠原某さん)」のようだが、とても美しいのである。人としての有り様の美しさが、表に出てきているというか……。

そのジェフリー・ライトが、ジェームス・ボンドの米国の"友人"(フェリックス・レイター)を演じたのが『007 カジノ・ロワイヤル』。もちろん主演はダニエル・クレイグだが、きょう初めて知って非常に驚いた事実(→これが冒頭で書いた「すごいこと」)が、何とダニエルは、1993年に英国ロイヤルナショナルシアターの舞台で、『エンジェルス・イン・アメリカ』のジョー・ピット役を演じていたということ。(ああ、見たかった。映画だったらVHSでもDVDでも、見られるチャンスがあったものを……) まあ、別に演劇人であれば特にめずらしいことではないのだろうし、たくさんの「仕事」のうちの1つなのだろうが、受け止める側にとっては、好きなものがリンクされると胸が躍る(←バカ)。

テレビドラマ版『エンジェルス・イン・アメリカ』でジョー・ピットを演じていたパトリック・ウィルソンが出て、手に汗握る奇怪な密室劇を演じた『ハード・キャンディ』は、ことし劇場で見た映画の中の最も印象的かつ好きな作品の1つ。パトリック・ウィルソンもなかなか適役だったと思うけれど、やはりここは少女を演じた、昔のテイタム・オニールを思い出させるようなあるいはキリアン・マーフィ風とでも言うような、不思議な美貌のカナダ女優、エレン・ペイジの魅力に触れないわけにはいかない。小児性愛者の男に対する少女の逆襲という、ある意味小気味良い話で(気持ち悪いと受け止める人も多かったようだが)、社会的な視点もあるやに思えることもあったのだが、あとに残る印象からすると、やはりこれは攻撃する少女と虐待される中年男という、「S少女萌え」視点のオタク系変態映画に分類されるのだろうと……。

変態系監禁映画が続いてしまうが、やはりことし自分的に絶対に落とせないのが『変態村』。DVDの特典映像などを見るに、この監督も完全にオタク系である(そんなもの見なくても、作品を見ればわかるか……)。ただし舞台は欧州なので、アメリカ大陸のオタク系監督よりも、見た目はずっとアートである。森と霧と集落を見たら「変態村」と思え。いや、思う。映画でそんなシーンが出てくると、『変態村』を思い起こさずにはいられなくなるほどの、インパクトがあった。登場人物たちの「想い」はせつないのに、その中身が全く説明されず映像でもほのめかされず、言葉で「せつない」と言い募るだけなので、一見深そうでいて、浅い印象はまぬがれない。「そこがいいんじゃない!」(笑)。それでも主人公の男が公然と女扱いされてしまうあたりとか、その主人公の歌うチープでロマンチックな歌とか、村の酒場のダンスの名(!)シーンとか、こんな内容にして余りに美しいラストとかツボ満載で、ファブリス・ドゥ・ヴェルツの術中にはまるバカ観客かが1人……。

『変態村』と同時期に同じ渋谷シネマライズで大々的に上映されていたのが、2006年を代表する映画、『ブロークバック・マウンテン』。自分にとってこの映画は、愛を描いたものというよりは、イニス・デルマーの苦悩の人生を描いた映画であり、誰が何と言おうとアン・リーヒース・レジャーのケミストリーがつくり上げた作品(笑)である。いや、ジェイク・ギレンホール(ジレンホール?)が嫌いなわけでは決してない。彼が勇気ある素晴らしい俳優であることに異論はないけれど、ジャック・ツイストは、絶対にジェイク・ギレンホール(ジレンハール?)が演じなければならなかったということはない、と感じた。もちろん、彼がジャックを演じたことで、エンタテイメントである映画に欠かせない美しさが増し、客足ののびに繋がったということは言えるだろうけれど……(映画ポスターのジャックの伏せたまつげの美しいことといったら!)。が、ヒース・レジャーが演じたイニスの声、台詞、表情は忘れられないし、今でも驚異である。何度でも見たいと思わせるのは、ヒース・レジャーのイニスの存在ゆえである。

BBMの影響で出会ったのが、ルーファス・ウェインライト(の歌)。今でも聴き続けているし、今後もずっと注目していきたいアーティストだ。新しいアルバムも出ることだし、また来日してくれないものだろうか。あるいは、『WANT TWO』発売後に行われたツアーのライブDVDを出す予定はないのだろうか。素晴らしい歌唱をすべて帳消しにするような(笑)、思わず目をこすってしまうヘンテコリンなステージ・パフォーマンスがじっくり見たい……。オリジナル・アルバム4枚の中では、"Old Whore's Diet"と"Art Teacher"が、やっぱり最初の印象のまま、今でも最も好きな楽曲。2曲に限らず、歌詞がきちんと理解できたら、さらにもっと面白いだろうと思う。

2006年最も印象に残ったアジア圏の映画を振り返ると、やはり『グエムル』の力はすさまじかった。トンマッコルはあまり評判を耳に入れず、もう少し早く見たかった気がする。話題性と、映像の美しさ、作り手の思い入れのわりに、内容が追いついていなかった気がするのは、東京国際映画祭で見た『永遠の夏(盛夏光年)』。それにしてもアジア映画は、見逃してしまった作品が多く心残りだ。『グエムル』、『父子』、『黒い眼のオペラ(黒眼圏)』の3本あたりが自分的ベストになろうけれど、余りにオーソドックスでくやしいので、ここはやっぱり最高に挑発的だった、韓国インディペンデント映画2006で上映の『顔のないものたち』(キム・キョンムク監督)も挙げておきたい。

見た映画のリストを見ていると、誰でもそうだろうが、どの作品にも、ちょっとした思い入れや、予想と違った部分や、好きなところ嫌いなところがあり、印象の大きいもの小さいものはそれぞれだが、すべてが愛しく思えてくる。映画に関してなら、『ハード・キャンディ』『変態村』と来て、監禁映画イヤーの2006年としてどうしても落とせないと思えてくるのが、オーストラリア映画の旧作『バッド・ボーイ・バビー』(ただし自分の中では、『バッド・ボーイ・バビー』は『ノミ・ソング』と並ぶ音楽映画の位置づけ(笑))。生まれてからずっと、地下室に閉じ込められて母と2人きりで暮らしてきたバビーという若者の自立の物語。ラストが余りに普通にハッピーなのが、また、作品のおかしさ(ヘンさ)を増している。※『バッド・ボーイ・バビー』は、amazon.comでDVDが買える。

これらと全く別のラインで、ことし出会った巨人が、中東最大の知識人と言われるエドワード・サイードである。名前だけはもちろん知ってはいたが、恥ずかしいことに、これまでまったくノー・タッチだった。そのきっかけは、佐藤真監督の『エドワード・サイード OUT OF PLACE』を知ったこと(でも、OUT OF PLACEを実際に見たのは、それを知ってからずっと後の10月だった)。日本は米国中心の考え方や文化にどっぷり浸っているし、特にハリウッド映画の影響力・浸透力に見られるように、その傾向は日本だけではなく世界的に決して小さくはないが、その米国中心の経済至上主義の流れに抵抗し、別の世界観を持ってやっていこうとする考え方(や動き)も、大きなものではないが存在するのだということに、遅ればせながら付かされた年だった。サイードをきっかけに、(錆付いた頑固なものではあるが、一応張ってはいる)アンテナに引っ掛かってくるものも少し増えた。メジャーな作品の見え方も幾分か違ってくる。真実を知ることは困難だし、真実だと思い込み誤解してしまうこともあるだろうけれど……。

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