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2006.11.24

My Mozart

22日夜、シネカノンで『半月』を見る。クルド人の老音楽家マモ一行が、クルド人を弾圧したフセイン政権崩壊後のイラク領クルディスタン(クルド人自治区)で、30数年ぶりにコンサートを行うべく、イランから旅をする話。

現在のところ、ことしのフィルメックスでは、この作品が最も好きだ。

クルド人やクルディスタンについて全く知識はない。イラクの北の方にいる山岳民族で、サダン・フセインの時代に大勢が殺害されたことぐらいしか頭の中に入っていることはなかった。(実際にはクルド人は、イラン・イラク・トルコにまたがる地域に暮らしており、その地図が頭に入っていないと、この映画の中で主人公たちが移動していく道筋はわかりにくいと思う)

バフマン・ゴバディの公式サイト(←多分……)があり、そこに、本作『半月』について、ことしのトロント国際映画祭で上映されたときのアメリカ人による監督インタビューが掲載されている。余りに面白いことが書かれているので、必死になって読んでしまった。

監督は、この映画の政治的な意味合いを何度も否定している。ただ、「政治的」な意味合いがあるとしたら、それはクルド人問題ではなく(とはいえ、監督自身クルド人であるからして、クルド人の登場するクルディスタン映画であることは第一義であるけれど)、女性による芸術活動を禁じているイランへの異議申し立て、ということであるらしい。

この映画の中で、きっと誰もが最も強い印象を受けるであろう、1334人の歌を禁じられた女性たちが捕らわれている村を、ヘショという歌手を探してマモが訪れる場面は、まさにこの映画の主題の1つを表す重要なシーンである。村は、イランそのもののシンボルなのだという。表現することは、芸術家にとっては生きることと同義である。監督は、イランでの検閲を通そうと、女性が歌うシーンをあらかじめ自らカットしたのだそうだが、そんな「努力」も空しく、さっさと国はこの映画の上映を禁止した。制作することは許されても、発表することが禁じられるなら、歌を禁じられた女性たちとの差は(女性の地位という大きな問題は別として)、捕らえられた牢獄の部屋の広さ、壁の高さの違いぐらいなものだろう。

この映画は、頭で考えずに、心で感じる見方の方が正しいようだ。詩的な映像に幻惑され、エキゾチックで懐かしい民俗音楽に酔う。社会的な視点よりはむしろ、人の生と死にまつわる哲学的な視点を……。

それでも劇中では、検問あり、インターネットあり、鳥インフルエンザあり、「アート」に寄せる「一般人」のロマンチックな思い入れに揺さぶりをかけるように、中東地域の現実が織り込まれ、そのギャップがふとした笑いを誘う。

クルド人たちのカリスマ・ミュージシャンであるマモの名のは、天才音楽家モーツァルトにちなんだ、「My Mozart」を縮めたもの。この映画が、モーツァルト生誕250年を記念する映画祭のために制作されたためである。そして彼をこの世からあの世へ導く「天使」が「半月」="Niwemang"(←ニウマンと読んだっけか?)。満月と新月の境目である半月、まさにその意味どおりの三途の川の船頭の役どころ。マモが捜し求めた女性歌手ヘショもまた、「天使」なのだと、監督はインタビューで語っている。バスの床下に隠れているヘショは、ちょうど棺の蓋の下で眠る死者のようだと……。思えばバスの床下のヘショが、ぐるっと首を横に曲げて、墓に横たわるマモの姿を眺めているような不思議な場面があった。現代的でシャープな顔立ちの美女である「半月」に対し、ヘショはキリスト教のイコンに描かれた聖人のような、落ち着いた容貌の忘れがたい女性である。

インタビューの中で語られる、インタビュアーを絶句させるような、監督自身の死生観、自分の寿命への諦念、死の予感には、読者も当然のことながら驚かされる。不安定で厳しい社会事情が、楽観的な人生設計を許さないのか。それとも、何かもっと超心理的なところからくるものなのか。まだ30代の若さで、死というゴールを間近かに感じながら、今を全力で映画制作に打ち込んでいるその真剣な姿勢が、シネカノンの舞台挨拶でも、リンクしたインタビュー同様に、自己検閲で10分の映像をカットしたことを惜しむ言葉が繰り返されていることに表れていると思う。

芸術家の死。音楽とステージで演奏することへの悲願とでもいうような強い想い。命を失っても離さなかったコートの下の楽譜。楽譜は、彼の息子の手に渡り、受け継がれていくだろう。ここでの「音楽」には、クルド人としてあること、クルド人としてのアイデンティティ、誇りというような意味も込められているのかもしれない。芸術家にとって、表現することが生きることだから……。

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