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2006.10.28

掌中の玉

『2:37』で、TIFFの前売りのチケットは最後。最後を飾るにふさわしい佳作。内容については、「傍流点景」のshitoさんが丁寧に書いてくれている。

弱冠22歳のインド系オーストラリア人であるムラーリ K・タルリ監督は、友人の自殺をきっかけにこの映画の脚本を書き上げた。当時19歳。実際には、友人の死と映画制作の間には、少し間があるらしい。友人が自殺したとき、もちろん彼はショックを受けたが、亡くなった友人の苦しみへの共感よりも、自ら命を絶ったことへのいくばくかの非難の気持ちの方が強かったという。しかしその後、彼自身をいくつかの困難が同時に襲う。絶望し、死をも願いながら酒とドラッグに溺れる自棄の日々。自殺した友人の苦悩が、文字どおり我が事として実感された。そして、このまま眠ったら死ねるのではないかと思ったある時、朦朧とする意識の中で突然、死ぬのが怖いという感覚が湧き上がる。幸い数時間後に目覚め、生の貴さを自覚した彼は、「本当にやりたいことをやろう」と誓ったのだという。それが、映画制作だった。(恐らくは裕福で)古風なインド系の家庭では、子供は幼いうちから実業家や技術者(具体的に4つの職業の名前を挙げていたが、忘れた)になることを期待され、それ以外の職業選択の自由はない。だから、「映画をつくりたい」と親に告げたとき、その(親にとっては)非現実的な彼の夢を、まずは笑われたそうだ。が、どんなに反対されても、映画をつくる職業に就くのだという決意は揺るがなかった。ティーチ・インでは、ひとまずそこで話が終わったが、このころに、彼自身の体験と友人への想いを礎に、最初の脚本が書かれたのだろうと思う。

この映画に、プロデューサー兼監督兼脚本家としてクレジットされているムラーリ K・タルリは、では、肩書きも経験もない10代の若者として、どのように映画制作の資金を調達したのか。彼は税務事務所(会計事務所だったか?)に勤めていて、税法に詳しかった。それで、オーストラリアで発表される長者番付の上位者に会いにいき、税法の抜け道を説いて自分の映画への投資を勧めたのだいう。大方の資金を集めることに成功し、撮影を完遂。映画が出来上がった後、今度は映画祭に出品するためのフィルムをプリントする資金がない。オーストラリアでは、スタジオシステムはなく、映画産業の振興をかがる国の助成金によって年に10数本の映画が制作されている。そこで、彼もその助成金を受けようとするが、完成した映画を見せても、作品本位で評価することをしない国の担当者に、若さを理由に断られた上に馬鹿にされ、全く援助を受けられなかった。エンドロールの最後に、「この映画は国からの助成なしに制作された」という一文が入れられている。その言葉を見たときには、この作品に対する制作者の強い想いを感じただけだったが、ティーチ・インでの監督の言及により、それが、映画制作そのものへの彼の執念、国への怒りと作品への誇りを込めたものでもあったことを知る。

オーストラリアの高校で女子生徒が自殺する。若者たちが隣り合い、袖すり合う学校という場所で、しかし若者たちの心は通わず、すれ違うばかり。そのあたりを、映像そのもので見せていく。言葉で説明しなくても、それが見事に伝わってくるのが素晴らしい。監督は、命の大切さを伝えたいと言っていた。命の大切さと言ってしまうと、日本語ではかなり限定された意味に受け取れるが、人生の大切さ、他者との出会いや触れ合いということを含めた「生」の大切さと言い換えれば、より映画のテーマに近づけるような気がする。学校というのは、社会の縮図。残酷で、くだらなくて、建前ばかりの空しい場所。青春時代に戻れと言われても、2度と戻りたくはないとすら思う。でも、そこで時と場を同じくする生徒たちは、それぞれの苦悩を抱え、孤独にあえぐ。もう少しだけ、表面的でもいいから、お互いに優しい言葉がかけられたら、相手のことを気遣ってやれたら……。青春を描いた珠玉の小品は、大人社会への教訓をも含んでいる。

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コメント

shitoさん、こんばんわ。

監督は税務事務所(税理士事務所か会計事務所か)に勤めていて、その仕事は大変つまらなかったと語っていました(笑)。でも、熱意とともにそんな専門知識があったればこそ、映画の資金を集めることができたわけで……。人間の経験って無駄なことはないんだなあ、などと全く映画と関係のないところで感慨をおぼえたりしました。

公開されたら、ぜひもう一度見たいです。

好きな映画だからということもあります。でも、最大の理由は、最初の10~15分を余り落ち着いて見られなかったから……。実は、上映会場に飛び込んだときはちょうど映画が始まったところで(ほとんど上映開始と同時)、列の中央にある自分の指定席までたどり着けず、空いているところに座ってしまったため、自分より後から入ってくる人が、もし自分の座っている席の券を持っている人だったら、すぐにどこかに移動しなければならないと、常に腰を浮かした状態だったのです。馬鹿ですね。もっとも、いつのまにやら作品に夢中になっていましたけれどもね。

shitoさんがおっしゃるとおり、この非常に若い監督の、今後の動向は見逃せませんね。

石公さん、こんばんわ。傍流点景のshitoです(笑)。毎度ながらクドく、言いたいことを要約出来ない拙記事ですが、ご紹介頂いて恐縮です!

タルリ監督のティーチインで語っていたこと、基本的には私が観た24日と変わらなかったようですが、より突っ込んだ内容で語っていたようですね。石公さんの詳しいレポートを拝読して、改めていろいろと考えてしまいました…。それにしても税務だか会計事務所に勤めてたとは知らなかった…。
24日では、エンドロールのコメントの意味についての説明のあと、彼の若さに相応しい熱意と反骨ぶりに拍手が上がってたと思います。
彼が次に撮る映画の題材として何を選ぶんでしょうね。先が楽しみです!

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