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2006.10.24

小説より奇なるものは「事実」か

日曜日、シネマライズでかかっていた映画予告編のうちの3本が、ドキュメンタリーあるいはドキュメンタリー・ドラマだった。単館系公開とはいえ、ドキュメンタリーの隆盛というのは本当なのだなと実感する。11月18日から公開される『エンロン』など、――売上高13兆円、全米第7位の巨大企業が、なぜ46日間で崩壊したのか!? 負債総額2兆円、失業者2万人。世界を震撼させた事件の全貌を暴く! 今世紀最大の企業スキャンダルを暴く衝撃のドキュメンタリー!! ――こんなイケイケな煽り方で、NHK「クローズアップ現代」のようなテーマを、見たくてたまらなくさせてくる。ここに出てくる数字は嘘ではないはずだ。なのにハリウッド大作のキャッチのようなこの派手さはどうだ。


で、本日は、インドネシアの津波(の被害を受けた人々の復興までの足取り)を題材にしたドキュメンタリー・ドラマ『セランビ』を、オーチャードホールで見た。インド映画などもそうだが、東京国際映画祭に限らず、アジア圏の映画が上映されるときには、日本在住のその国の方とおぼしき人々が沢山足を運んでいたりして、会場は独特な雰囲気となる。きょうのオーチャードホールも、もちろん『セランビ』の直接の関係者の方もいたのだろうが、インドネシアの民族衣装を身につけた方が何人も見かけられて、席数の多い会場であるゆえ満杯とはいかないが、それなりに盛況な感じだった(でも上映後のティーチ・インでは、観客がボロボロと抜けてしまって、上映前の賑わいはどこへやら……)。

アチェとアジアのための特別上映と題された『セランビ』の上映は、津波被害からの復興のためのチャリティ上映でもある。プロデューサーと監督の舞台挨拶の後、インドネシア舞踊が披露され、会場にはゆったりとした空気が流れたが(ゆったりしすぎて意識を失うことしばし)、本編の上映が始まるやいなや、本物の津波のビデオ映像の迫力に目玉がぎっと開く。水害の怖さは、水の怖さというよりは、水の力の強さの怖さなのだなと、様々なモノが大量に押し寄せる映像を見て感じた。水が引いた後に残るのは、瓦礫の山と、流されて力尽きた沢山の人々(の遺体)。生存者は、悲しみ混乱し呆然としている。時折、行方不明の家族を探す人々の声が挿入される。

カメラが追うのは、妻子を失った中年男と、両親や姉妹を失った少女と、常にチェ・ゲバラのTシャツを身につけている学生。別々に登場し、それぞれの現状の中で心境を語るのだが、吐き出されるわずかな言葉が、特別なことを言っているわけではないのに、まるで詩のように「美しく」響く。青い空と青い海と浜辺と椰子の木を背景にして、いつも映像の中心を占めるのは、半壊の建物や瓦礫、屋根のない土台だけの住宅跡、避難所のテントといった殺伐たる無機物と、人々の押し殺したように静かな表情だ。

上映後のティーチ・インで、この作品が津波被害に関する作品というだけでなく、アチェ州の長い独立運動と無縁ではないことを知る。学生の着るチェ・ゲバラのTシャツは、独立への強い信念の表れで、彼は、ガールフレンドに携帯電話で撮りためた、アチェの歴史を写した写真を見せる。ティーチ・インで専門家が答えていたが、アチェの人々は長い間の独立抵抗運動で培われた強さを持っているのだそうだ。それは、土地の歴史であり現実なのだから無視できるはずはないのだが、津波被害についてのドキュメンタリーだという先入観を持っていた自分には、それが描かれていることが本当に驚きだった。その時点で、この映画の持つ意味が自分にとって全く違うものとなった。アチェの人々の頑固さ、強さ、穏やかさ、その裏にある歴史。チェのシャツを着ていた学生以外は、アチェの歴史なんてことは一言も口には出さないけれど、生き方にはすべてが表れているのだろう。あどけない少女ですら……。そして、それこそが作品の魂なのだ。

『セランビ』とは、アチェを例える有名な言葉で、向こうの建物の、玄関、前庭、ベランダ(1階)といった類のものを指す。津波の最前線(セランビ)で被害を受けたアチェの人々の、これもまた1つの、静かでガンとした「抵抗」の宣言である。

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