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2006.09.25

額面以上

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』について、感想を書くつもりはなかった(今も書くつもりはない)。面白いものが書けると思えないからだ。

この小説は特に、いろいろなモチーフを含んでおり、それをどう受け取るかは自由なのだが、エンタテイメントではなく「文学」として提示され、それを読む「一般読者」が存在する以上、「特殊な世界」が非常にリアルに細やかに描かれているとはいえ、それは「私たちのこと」を書いているとは考えられないだろうか?

だから、読後の感想は変わったものでは全くなくて、どんな話でも、結局自分は「人間(自分)とは何か」とか、「人生とは何か」とか、「登場人物は自分と同じじゃないか」という受けとめ方になってしまうのだなと、自分の毎度おなじみな感じ方にうんざりすることの方が、この小説の内容についてどうの、というようなことよりも大きかった。最近何を見ても何を読んでも同じ感想になるのは、年齢とともに頭が固くなってきた(=頑固になってきた)証拠かもしれない、などと思っていたのだった。

でも、みんながみんなそうではなかった。だから、こんなことを書いてみたのだが……。

「文芸書」のくくりのなかで売れ続けているこの本の、日本でのヒットの理由は、(ミステリではないが)ミステリの仕立てで、本の中で与えられている謎が徐々に明かされていくところにあるのではないかと思う。アマゾンのレビューなどを読んでも、「特殊な世界を見事に描き出した胸をしめつけられる小説」なんかじゃなくて、「オレらみんなのことを書いた小説」だというとらえ方をしている人は、3人に1人ぐらいである。それ以外の人々は、あの異世界をそのまま受け入れ、主人公に感情移入したり、反発したりしながら、額面どおりの物語に感動しているかのようだ。

この本を読んだ後で頭に浮かんだのは、五木寛之の『人生の目的』(←読んでないけど)という本のタイトルだった。たぶん、新聞広告のキャッチだったかもしれない。

「人生に目的などない」

自分もそう思っている。人の生は、海に浮かぶ泡のように、生まれては消えるはかないもので、ひとたび生れ落ちた人間は、必ず無に帰す人生の虚無感と戦いながら生きる。そして、生きることこそが尊い。我々と、『わたしを離さないで』の登場人物たちと、一体どこが違うというのだろう。

芸術は、上梓されたところから作者の手を離れる。その解釈に正解などない。けれど、どんな「作品」であれ、それが人間を描いているなら、「ある別世界の出来事」として受けとめるのは片手落ちではないのか。『ブロークバック・マウンテン』を、20年の愛の物語だなどと括ってしまう無神経同様に……。エンタテイメントだって、優れたものは、エンタテイメントがつくりだす世界の外にまで、考えを及ばせる力がある。(日本人だけなのかどうかは知らないけれど)、表現されたものをそっくりそのまま受け容れがちなのは、やはり、テレビ放送50年の人間の日々の訓練の賜物?

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コメント

@ゆうこさんもお久しぶりです!

そうですね、"The White Countess"、公開ですね。アイヴォリー作品でクリストファー・ドイルのカメラですから是非見たいですが、おっしゃるとおりシーズンがシーズンなので、見にいけるかどうか……。

>今年は携帯サイトが見つかりません。
>(某社スポンサー下りたのかしら) 

スポンサー一覧から名前が消えているようですよね(笑)。さんざん見せられた、映画上映前のCMにうんざりしましたもん。すっきりです。

石公さん藍空さん皆さんどうもです。

カズオイシグロ 読まなくちゃと
思いつつ放置してます。

たしか映画「上海の伯爵夫人」?も
そろそろ公開しますよね。
10月の映画祭ラッシュでやばそうなんで、
観に行けたら観に行きます。


東京国際
HP相変わらず見にくいし、
今年は携帯サイトが見つかりません。
(某社スポンサー下りたのかしら) 

フェイユイさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます!

おお、この偉そうにぶーたれている駄文にトラックバックを送るということは、内容に相当「自信あり」ということでよろしいでしょうか(笑)。あとでゆっくりよませていただきます。

新しいデザインを気に入っていただいて嬉しいです。一応上のバナーの元絵は、すべて金魚なはずなので、右端の小さい「連れ」も金魚の子だと思うんですが、不気味な形状ですね。実はこの絵の、傘さした金魚たちの上には「あめんぼう」の雨が降っているのです。

でも、最も時間がかかったのは、この絵の切り貼りではなくて、それ以外の無地の部分(本文とかサイドバーとかバックとか)の色合わせです。

だはは、書いてしまいました感想。感想といえるかどうか、とんちんかんなものですけど。
思い切りネタバレなんでやはり未読の方にはお勧めできませんし。
色んな意味で衝撃の小説でした。

ところで新しいテンプレートデザインステキですね!可愛らしくて大好きです。左の二人連れ、いい味してます。一番右の連れはナンでしょう?
私は相変わらずそのまんまです。こういうのつくるんだったら何十時間かかるやらです。

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