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2006.04.17

地獄の女とだめ男

Mythos
ギリシャのビールを飲む。「Mythos」という名前の(意味はもちろん「Myth」だろう)。ベルギーあたりの高アルコール度数&濃い口のそれの後には、水のよう(でも、アメリカあたりのビールよりはましか)。さっぱり系では、生姜味のビールは美味しかった。

苦手なBunkamuraル・シネマにて、めったに見ないフランス系映画を気まぐれに見る。『美しき運命の傷痕』。正確にはフランス・イタリア・ベルギー・日本合作映画。また例によって華麗なる邦題がついているが、原題は"L'ENFER"(地獄)というシンプルなものだ。亡くなったポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督が残した『神曲』を基にした地獄、煉獄、天国3部作の企画のうちの地獄篇を、ダニス・タノヴィッチが脚色、監督した。

日常全く接点を持たず別々の人生を歩んでいる3人姉妹のそれぞれの日々を描きながら、次女に訪れた1つの出会いをきっかけに、彼女たちの心に深く刻まれ人生に影響を与えながらも触れられずに来た、父親の「ある事件」に端を発する父母の愛憎の末の悲劇を、3人が老いた母の前で再確認するという物語。

サスペンスだ何だと言われているし、確かにそういうつくりではあるが、事件の真相や心の傷が彼女たちに与えた影響を見せるというよりも、もっと原初的な、感情(愛)にとらわれて生きざるを得ない人間というものの地獄、つまりは人間が生きることそのものを描いていると思う。3人姉妹の母を演じたキャロル・ブーケが公式サイトのインタビューで言っていたように、劇中、3女アンヌの恋人であるソルボンヌ大学の教授が行う運命と偶然に関する(「合理主義による「偶然」という概念は空しく、「運命」こそ人が人らしく在ることのできるもの」という)講義は面白く、その内容が映画の重要なテーマになっている。

エマニュエル・ベアール演じる長女ソフィの、浮気中の夫への執着の描写は、この映画の最大の見どころと言っていいと思う。彼女の結婚生活の成り行きは、彼女の両親のそれのコピーのようになっていく。次女セリーヌは、父と母とのいさかいの中で立ちすくみ動けなかった少女のときと同じように、今も不眠に苦しみ、自分の殻に閉じこもる日々を送る。三女のアンヌは大学生となってもなお、不在の父を恋うかのように、友人の父親であり自身の教授でもある年かさの男を恋し、拒まれても追い続ける。

今も3人姉妹の生き方に影響を及ぼしている父と母との不和(というよりも闘争)の、その原因となった出来事の真相が、ほんの「偶然」から生まれたものだったとしたら……。このあたりのことを直接的に書けないのが辛いが、これも実は偶然などではなく、「父」という人間の中にその「偶然」を引き寄せる何かがあったのかもしれない。そして、後から現れたキーパーソンによる「告白」ですら、それはあくまでもその人の側からの真実であり、「父」側の真実は「父」以外の誰にもわかり得ない。だから、ラストシーンの、瞳だけに昔どおりの信念(執念)をたたえている老いた母の「でも私は後悔していない」という強い言葉は、運命とも偶然とも言うような出来事に翻弄される人間の生きる術は、自分の中の真実を信じることなのだと告げている気がする。

うーん、ここでもまた「地獄」は自分の中にあるのか。イニスだな……(←って、自分の頭の中にそれしかないだけだろう)。

素晴らしいキャロル・ブーケや胸と腰にばかり目がいってしまうベアールなど、メインの女優陣4人の実力と美しさは言わずもがなだが、男優陣も、若手からじいさんに至るのまで皆なかなかにさり気なく色っぽく、心情的にはとてもきつい物語の中の華やぎとなっていた。


そして、見逃してくやしい『ARAHAN アラハン』のリベンジで、リュ・スンワン監督の韓国映画『クライング・フィスト』も見た。いわゆるボクシングものだが、面白いのは、普通なら1人のボクサーの側から様々な苦難を乗り越えて試合で戦う(または試合で勝つ)までを描いていくところを、この映画は、最後の試合で戦う2人(チェ・ミンシク、リュ・スンボム)がどちらもともに映画の中の主人公となっていて、それまでの経過も2人分並行して描かれていくことだ。

ボクシングだからもちろん、主役の2人は「どん底」から這い上がることは決まりである。チェ・ミンシク演じるカン・テシクは、元アジア大会の銀メダリストという実績を持つボクサーだが、家財を失い妻子に出ていかれ、日々の糧にすら困窮して、路上で「殴られ屋」をしている中年男。一方のリュ・スンボム演じるユ・サンファンは、貧乏な家庭に育った悪さばかりしている「不良」学生で、事件を起こして入れられた刑務所で、暴れたところをボクシング部に誘われる。

韓国映画だからもちろん、主役の2人のそれぞれの家族との関係が細やかに描かれる。中年男カン・テシクは、出ていった妻子と再び心を通わすことができるのか。チンピラ学生ユ・サンファンは、肉体労働を続けて彼を育ててきた父と祖母の愛に報いることができるのか。

主役を演じるチェ・ミンシクもリュ・スンボムも大好きだ。また、脇役陣もキ・ジュボン、ピョン・ヒボン、オ・ダルス、イム・ウォニといったおなじみの人たちばかりで、とても嬉しい。サンファンの祖母を演じたナ・ムニも強さと慈愛の同居した見事なばあちゃんっぷりで、やはり「韓国映画の「おばあちゃん」ってのは良いなあ」と思う。

リュ・スンボムは、鍛え上げられた身体を持つ二枚目という韓国男優のステレオタイプにはまらぬ、貴重な軽みをもった個性的な若手俳優で、この先きっと幅広い役柄を演じることができるタイプの人だと思う。『品行ゼロ』や『ムッチマ・ファミリー』など、出た作品ではどれでも必ず強い印象を残すが、とりわけ『20のアイデンティティー』の中の恋人の両親に試される若者の話は強烈だった。今風の若者を演じれば、何とも言えない「間」とセンスでその役柄を印象付けるリュ・スンボムの今回のサンファンの演技は、ダメな自分に対するやり場のない怒りを原動力として、不気味なエネルギーをたたえた若者の屈折した表情が、いつもの役柄とは別人で、彼の演技力を思い知らされた。

チェ・ミンシクは、「ダメ中年男」ここに極まった。『ハッピーエンド』も『パイラン』も『春が来れば』も『オールド・ボーイ』も、すべてうらぶれた中年男の役ではないか。そりゃあ素晴らしいことこの上ないし、見ていても飽きないが、たまにはうらぶれていない役も見てみたい気もする。ほら、『甘い人生』のビョンホンみたいな……(って、うらぶれてるか、あれも)。もちろん物語としては、うらぶれた男の話の方が深みがあって面白い場合が多いだろう。かわいいし(笑)。

こんな素晴らしいキャストで、涙をふり絞る設定もばっちりで、ボクシング競技というアクションシーンも満載なわけだが、もう1つこざっぱりしている感じがするのは、やはり主役が2人だからか? 設定の最も面白い(主役2人が闘うという)部分が、エンタテイメントを盛り上げる足かせになってしまったような気もするが、韓国映画の王道を踏まえながらも、最後の試合の音楽といい、何だか新しい、軽やかな韓国映画の息吹のような気もするのである(ってなようなことを、『甘い人生』のときにも言ったか)。


で、連休はやはり「イタリア映画祭2006」でありましょう。

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コメント

ウーさん、こんばんわ。引越しおつかれさま。

「クライング・フィスト」は試合以前が良いと思います。出演俳優も脇役まで皆、おいしい方ばかりです。チェ・ミンシクはスチールでもおなじみの「殴られ屋」の看板を首からぶらさげた情けない場面が異常に似合っていて、本当にかわいいです。でも今回は、いつもと違う暗い顔のチンピラ青年役のリュ・スンボムくんが最大の見どころかと……。洋物ばっかり見ていると、たまにはベタ系韓国映画が見たくなりますよね。

わたくし的にはこのあとは「ダンサーの純情」に行きたいところなんですが、何せムン・グニョンちゃんは見たいが、映画本体に興味が持てないというジレンマ……。

もうポン・ジュノ監督の「怪物」の日本サイトも(表看板だけですが)出来ています。秋公開だそうです。

このところずっと体調がすぐれず、余り集中力がないので、この連休は、アビチャッポン・ウィーラセタクン監督作品&イタリア映画祭に絞ろうかと考えています。あ、でもソクーロフも見なくちゃ。

こんばんは。
公開映画、いろいろ目白押しですねー。
転居してますます映画館が遠ざかった現在、どれにしぼって見に行こうか、選択が難しいです。で、いずれDVDになりそうなのはあきらめ、映画祭やイベントなどでしか上映しないものを優先しがちなのですが、後にDVDになったものも結局は見ないまま、という事態になってしまいそうです。なんだかなあ。
やー、でも、「チェ・ミンシク、ダメ男極まった」などと書かれると、なにがなんでも「クライング・フィスト」は見に行かねばという気持ちになってきます。

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