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2006.04.02

断背山雑談2

数日前に、米国のサイト(ミニコミサイトだろうか?)に書かれた私的なコラムがかわいかった。

Understimating My Parents and Power of 'Brokeback Mountain'

遠くに住む老いた両親に、『ブロークバック・マウンテン』は見ないほうがいいと忠告した娘(たぶん)=書き手の心配をよそに、世間では何をそんなに騒いでいるのかとの好奇心で、映画を見にいってしまった80代(たぶん)の夫婦が娘に感想を語る、というちょっとした文章。

リンクした記事のタイトルは、「両親とBBMパワーを見くびってたよ~」というようなものだと……(違う?)。

実はこのタイトルの言葉は、娘が、かの映画を見るにあたり最も心配していた父親の鑑賞後の言葉でもある。母親に関してはさほど心配していなかったらしいが、父について書き手は、「80代の共和党支持者の心臓麻痺を誘発するきっかけになるようなことからは遠ざけておきたかった」とまで書いていたのだが……。

で、見にいってしまった母はといえば、"I love it" と軽く言ってのけ作品を絶賛。 "Those men were in love, no question about it" という言葉も素晴らしい。

彼女の、"the story-well it explained a lot of things for me" とは、この映画、人生経験が豊富だと、さらに受け取るものが多いということだろうか。

じっくりとして抑制された描き方も、ハイスピードの娯楽映画に慣れ生活ペースのめまぐるしい若者たちよりも、より上の年齢層に受け入れやすいのかもしれない。(もちろん、若い人たちには理解できないだろうなどと決め付けるつもりは毛頭ない)

そして真打、父の登場。

そりゃあ、ストレートに暮らしてきたリパブリカンであるからして、男同士が愛し合うというのを理解するのはきつい、見るに耐えない部分もある。でも、彼は言う。 

"but they really did care for one another, and that's what's important. It was about love and they couldn't express it, and it made their lives hell" 

しごくまっとうな感想。堂々たる理解力。さすが人生の熟達者である。また、これこそBBMという作品自体の力かもしれない。

続けて書き手の父は、記事のタイトルの言葉を言ったのである。「おまえは、おまえの父さんと母さんを過小評価しているよ」と。(オチもかわいくて笑えるので、読んでみてください)


日本では、そんな世間を騒がすようなことには全くなっておらず、このようなことはまず起きないのだろうと思う。オスカー(作品賞)をとっていれば……と、やはり思わざるを得ないのだ。自分が知る限り、日本で最も早くからBBMに注目し、BBMに最も深いこだわりを持ってきたあるサイト(←ブログではなく一般サイトなので、勝手にリンクできない)の書き手は、オスカーの授賞式直後に、アン・リーが監督賞をとったことの重みは「(同性愛を描いた)映画が作品賞を獲る重みにはかなわなかったはずだ」との言葉をサイトにアップした。


2週間ほど前だったか、親しかった高校時代の友人に通勤途中でばったり会い、たまたま持っていたプルー原作の文庫本を渡した。最も信頼する本の読み手でもあり、感服する随筆家の魂を持つ(普通の会社員の)友人なので上げてしまったのだが、すぐにメールが送られてきた。

メールは「久しぶりに力強く泥臭い、野性味のある文章。情景や匂いや登場人物が(女は除外して) 立ちのぼるような描写。短編でこれほどの圧倒的な存在感……(後略)」という書き出しの感想だった。

折り返しこちらも、スパムのような、原作と映画制作からアメリカでの騒ぎ、そしてオスカーの経緯までを書いた長文の迷惑メールを送りつける。もちろん、「(子育てで忙しいだろうが)時間を見つけて映画を見てほしい」と。

小説を気に入ってくれた様子の彼女は、映画を見てみると言ってくれた。でもメールの中には、こんな言葉があった。

「『ブロークバック・マウンテン』 と同時に、『クラッシュ』も観てみようと思います。どうして作品賞が取れなかったのか、『クラッシュ』にあって「ブロークバック」にないもの。「ブロークバック」にあり、多くの人々に支持され、「『ブロークバック・マウンテン』が作品賞を取らなかった年」と言わしめたもの。(オスカーの決定に政治的なものが絡んでいるのかどうかはわかりませんが)」

自分のメールには、『クラッシュ』については、「作品賞は『クラッシュ』がとった」と書いただけだ。特に映画ファンでもなく仕事と家庭に忙しい中、『クラッシュ』の内容はおろか、恐らくは作品名も知らなかっただろう彼女に、『クラッシュ』も見てみようと思わせてしまう、「作品賞をとったんだから、何か特別なものがあるんだろう」と思わせてしまう、そういうものがあの賞にはあるのだろう。何度も言っているけれど、本当の作品の価値とは全く別の部分で。

日本では、(「マスコミが取り上げないからね」という程度の意味で)話題性の部分が弱い以上、「オスカーをとった作品だから見にいこう」という層を失ったのは、やはり痛いよね(←しつこい?)。


(余談)
ちなみに、NHKで放映したアカデミー賞授賞式のダイジェストをテレビで一緒に見ていた自分の父親は、BBMの紹介シーンが来るとテレビの前から何気なく姿を消していた。まあ、男女のラブシーンでもチャンネルを変える男だからして、不思議はない。授賞式の流れと話題の振られ方で何か感じたのか、最後の作品賞の発表の前に「どうせアレだろう」と否定的な声音で小さくつぶやいたのだが、『クラッシュ』との発表を聞いて、まるで孫が生まれたかのように、「そうか『クラッシュ』か!」と明るい声を出した。『クラッシュ』なんか見ているわけでもないのに、おやぢ……。

(でも『クラッシュ』は好きだ。最も印象的だったのは後半の、若い警官が車中で同乗していたアフリカ系アメリカンを撃ってしまうくだり。そこで、なぜかイニスを思い出した。嫌悪や抑圧は外から来るのではなく、個々の心の中に植えつけられ、それが悲劇を生むのだと……(これは先に書いた、BBMに関して日本で最もこだわりを持っているところの1つであると自分が信じているサイトの書き手の方が言っていたことなのが)。あの映画の数々のエピソードのうちの1つを、1人の人生に焦点を当て、じっくり長い時間をかけて追っていったら、それはBBMのようになったかもしれないと漠然と感じた。そういう意味では逆に、『クラッシュ』は物量作戦(数多くの人々の数多くのエピソードの積み上げ)で来たな……という感慨もなきにしもあらずだった。でもそういう街なんだろうね、あそこは……)

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コメント

ぐりさん、初めまして。コメントとトラックバックをありがとうございました。

もちろん、ぐりさんの日記は拝見しておりますし、映画祭のティーチインでの勇姿も、何度も後方からお見かけしています(笑)。

>この映画は本当に人によってまったく反応が違っていて、そこもおもしろい点だと思います。

本当にそうですね。映画自体もイニス同様、表面的には寡黙でありながら、実は非常に多くのことが語られている(含まれている)。語られた多くのことのうちの、どの部分を受け取るか、どこに何かを感じるかによって、それだけ様々な感想が生まれてくるのでしょう。

そして「まだ何かを感じられるだろう」「もっと違ったことを気付かせてくれるかもしれない」と思いながら、何度も映画館に通ってしまう人々もいるのでしょう。

>わかりやすい感動とか純愛とか、概念的な記号的なエンターテインメントを求める観客にはまったく向かない映画だし、おそらく監督はじめつくりての側も、そうした観客は最初からほとんど想定に入れていないのではないかとも思います(インタビューでもそういうようなことをいってましたし)。

「正しく語られてきたことのない話であることもわかってた。これをやることで責任が生じるということも知ってた」という「yes」誌のヒース・レジャーのインタビューの言葉がありました。もちろんエンタテイメント作品でないのはわかりきっていますが、オープンな心でこの映画を見た人になら、全てではなくても、必ず何かが伝わるような、真摯な姿勢でつくられていると思います。私が偉そうに言うようなことではありませんが……。

初めまして・・でしょうか。ぐりと申します。こちら以前からちょくちょく拝見してました。

ご紹介の
Understimating My Parents and Power of 'Brokeback Mountain'
興味深く拝読しました。
この映画は本当に人によってまったく反応が違っていて、そこもおもしろい点だと思います。
ただ李安作品の特徴でもありますが、状況説明がかなりアッサリめなので、やっぱり映画に対する読解力やそれなりの経験は必要かもしれないとは思いました。
逆に、なんかわかりやすい感動とか純愛とか、概念的な記号的なエンターテインメントを求める観客にはまったく向かない映画だし、おそらく監督はじめつくりての側も、そうした観客は最初からほとんど想定に入れていないのではないかとも思います(インタビューでもそういうようなことをいってましたし)。

Understimating My Parents and Power of 'Brokeback Mountain'
は当方でもご紹介させていただくかもしれません。
またよろしくお願いします。

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