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2005.11.22

ファザー、サン 公開決定

きょうは『霧笛』を見てきたのだが、ちょっと自分のせいでショックなことがあり、あまり映画に身が入らず。何も書けません。反省。(昨日見た『サグァ』はすごかったので、後で何か書ければ書いてみたい)

さて、まだリンクも何もないですが、パンドラのHP(新着情報参照)によると

●アレクサンドル・ソクーロフ監督作品「ファザー、サン」 2006年初夏、ユーロスペースにて公開決定!!

だそう。やった~。あの、フィルメックスの日本語字幕付きで見てさえも何だかわからなかった、全編映像詩と言えるようなひたすら美しい映像と、ひたすら美しい父ばかりが印象に残っているくだんの作品に再びチャレンジできるとは、この上なき幸せ。


【追記】(2005/11/23)
米国での公開を12月9日に控え、ずっとComingSoon状態だった『ブロークバック・マウンテン』のサイトがオープンしたよう。カントリー満載の音楽も良いし、壁紙がまた……。会社PCの壁紙は、サリッサひしめく美しい大王軍の遠景から、ジャックのシャツになるのか?

2005.11.21

色とりどり

20日。東京フィルメックス2日目はすべて違う毛色の映画で、見応え抜群の1日。どの作品も最初は平凡な印象なのに、見ているうちに「何だかわからないが、今、自分はすごいものを見ている!」と興奮した。 ん? それは映画祭レートだよって?

『思春の泉』。中川信夫監督。1953年作品。こんな映画である(←いいかげんにしろ)。原作は石坂洋次郎の『草を刈る娘』で、1961年には吉永小百合と浜田光夫でも映画化されたという(いや、吉永小百合では都会的過ぎるでしょう、これは)。文学の香り高いラブコメディ……というより嫁取り話の喜劇。見終わるや、顔も心もスーパーにこにこ状態になってしまう大変気持ち良い作品で、単純な話なので『私刑(リンチ)』のようなトンデモな部分は残念ながらない。お目当ての左幸子は撮影時には22~23歳のはずだが、見事に18歳の快活な「生娘」を演じている。一方、相手役の宇津井健(やはり当時21~22歳のはず)は、范植偉ファン必見と言えるぐらい(下手さまで(?))小偉を思い起こさせられて楽しかった。上目遣いの表情やら、髪の硬そうなところやら、1人で立っているだけで絵になってしまうあたりやら、今ひとつはっきりしない台詞やら……。ただし宇津井健の方が大柄な感じだ。彼らの縁組の仕掛け人である2人の「おばあ」たちや、騒動をしずめ映画を締めくくる村の駐在さんや、物売りの男や、村唯一の芸者さんといった登場人物がみな、人情に溢れ良い味を出している。劇中何度かモヨ子(左幸子)が語る人生観が、若い女性のそれとしては今では考えられないもので、それはそれは新鮮で興味深かった。彼女の夢は、結婚して、一生懸命働いて、たくさん子どもを産んで、身体の中の子種を全て産み出して、からからっとさっぱりした年寄りになったら、縁側で煙草をやり、どぶろくなども飲んで楽しく過ごすというもの。煙草は年寄りになるまでは喫わないという。「なんぼでも働く」という台詞が何度かでてくる。彼らにとってはきっと、「働いて金を貯めること」ではなく「一生懸命働くこと」それ自体が、人として価値あることであり、生きる意味でもあるのだろう。自分の祖父母や父母の世代の多くが持っていた価値観だ。ところが、相手役の時造(宇津井健)は違う。少し「目覚めた」人で、子どもをたくさん持つよりは、人数を絞って「丁寧に」育てることの方が大切だと考えているし、農業にしても「ただ働いてただつくる」のではなく、いろいろな農産物をつくり「経営」ということを考えるべきだと思っている。2人が夢を語り合うシーンは、きっと原作にあるに違いない文学的な台詞が飛び出して面白い。古典的な田舎の風習、生活、人々の考え方は、まだ少数派である時造の考えるような方向に徐々に転換していくのだろう。それが幸せなのか不幸せなのかはわからないが……。あっけらかんとした心温まる喜劇のベースに、そんな大きな視点の見える作品だ。ラストシーンで、モヨ子が時造からもらった貴金属製のライターを愛しそうに持っている。村の者はほかには誰も持っていないそのライターは、とにかくやってくるだろう新しい時代の始まり象徴しているかのようだった。

『SPL<殺破狼>』。葉偉信(ウィルソン・イップ)監督。香港映画。2005年作品。監督のメッセージの中の「男の映画です」というのに最初から大変引っかかったが、本当に素晴らしいそして古臭い「男」の映画だった。サモ・ハンも、ドニー・イエンも、サイモン・ヤムも、まあ色っぽいこと、色っぽいこと。格闘シーンも、(自分にとってかつてないことだが)身を乗り出して見るほど見応えのあるもので、というか……そこだけだよ、見どころは。で、監督曰く「父の日に考えた」映画だというのが、成り立ちからして既にうさん臭い。妻は家で待つだけ。子どもは電話で「パパ帰ってきて」と言うだけ。男は「パパは仕事で帰れないんだ」と言うだけ。これが2005年の映画か? 男の美学? 男の友情? 笑わせるなよ、と。半端な考えで「家族」を出すぐらいなら、いっそ一切出さなきゃ『シルミド』になれたのに(笑)。こんなストーリー、今つくる意味がさっぱりわかりません(怒)。……と言いつつ、ラストの2つのドニー・イエンの格闘シーン(サモ・ハンの部下の刃物男との格闘&サモ・ハンとの格闘)と、サイモン・ヤムがいぢめられて顔をゆがめる場面を見るためだったら、何度でも見る見るぅ(←バカ)。

『マジシャンズ』。ソン・イルゴン監督。韓国映画。2005年作品。 95分ワンカットで撮影というのが最も大きな話題の「命日」映画。「マジシャンズ・カフェ」だったか、元バンドのドラマーが雪深い山中でやっている店に、大晦日の晩に元メンバーたちが集まり、3年前の同じ日に投身自殺したメンバーのギタリストの女性を悼む話で、彼女の死以来ぎくしゃくしている人間関係、沈みがちな日々、癒えない傷を語りながら、少しずつ自分の人生を取り戻していくという、前回の『スパイダー・フォレスト/懺悔』とは違うタイプの映画である。結果的に外へ向かっていくか、内へ向かっていくかという違いだけで、人の心の中を掘り進んでいくということや、死というものが大きな影を落としているという意味では、やはり同じテーマであるとも言えるかもしれない。隣の席で見ていた知らないお兄さんが、その隣の連れのお兄さんに「演劇的だ」と語っていたが、カットなしに台詞で組み立てていく芝居なだけに、当然舞台を見ているような感じを受ける。美術や色彩の美しさは、さすがソン・イルゴン作品だ。監督の言うとおり、僧侶が出てきてからの会話の間(ま)など、非常にユーモラスで笑わせていただいた。早くも公開が決まっているそうだが、後味もいいし、ロマンチックだし、これは(ソン・イルゴン作品にしては)意外といけるんじゃないかと思う。小づくりな話が大好きなこともあるが、命日で僧侶でしかも軽妙さを持っている映画とあらば、自分的にはお気に入り登録必至。アイディアと、撮影における多大な努力と熱意と、若いのに渋い俳優の演技の魅力の勝利と言おうか……。

『あひるを背負った少年』。應亮(イン・リャン)監督。中国映画。2005年作品。デジタルビデオ撮影の作品なので、見たとたんにデジタルビデオ撮影とわかる、ぼやけた画面。特に美しい景色が写るわけでもない。「結末」もこれでは問題があるだろう。でも、こういうプリミティブなパワーを感じさせる作品に出会い、頭を殴られたような衝撃を受けるのが、フィルメックスという映画祭の面白さ。いや、びっくりしました(フィルメックスのカタログどおりの感想で恥ずかしいが、そうとしか言いようがないのだ!)。四川省の農村の少年が背にあひるを詰めたかごを背負って、都会に出稼ぎに出かけた父親を探しにいくという話なのだが、もう、そんな『山の郵便配達』的絵葉書映画とは全く違う、「作者」の強い気持ちを感じさせる映画だった。ジャ・ジャンクーでもまだまだ綺麗。(続きはまた後で訂正更新します……すみません)

2005.11.20

フィルメックスに追いつかれる

TIFF関連で見た映画のたった1本の感想を書きかけているうちに、東京フィルメックスが始まった。フィルメックスは作品セレクトの重点が芸術性・作家性の高さにあるため、見た作品が自分に合えば猛烈に「はまる」し、逆に自分には合わなくて「は?」としか思えない作品にも出会う。それでもとにかく、びっくりさせられる作品が多く刺激的な映画祭である。

ということで、今回も雑感で終わってしまいそうな情けない予感がするが、感想を一節。

『私刑(リンチ)』。中川信夫監督。1949年作品。こんな映画である(←手抜きだよ)。今ひとつ穴のあるヘンな話で、うまい俳優さんも大してうまくない俳優さんも出ていて、チープな部分もあるのに、何でか面白く、何でか(映画的に)かっこよく、何でか安っぽいテレビドラマ的な感じが全くしない。モノクロで、台詞すら聞き取りづらい古いフィルムだということが、かえって映画の印象を高めている気もするが、このあたりが日本映画の黄金期の実力の片鱗なのかもしれない。進藤英太郎の極道役の大物っぷりは、大柄なイ・デヨンさんのようで素晴らしかった。桑子こと久我美子の、歌う場面をはじめ数々のけれんに溢れたお嬢様演技は決して心地良く魅せてくれるほど上手いわけではないのに、見事に後半の華になっていた。最も「すごい」と思ったのは、冒頭に出てくる戦前のヤクザの大宴会シーンの宴会場である。広く天井の高い、豪華な日本式の大広間なのだ。主演の嵐寛寿郎の美しさとオトボケっぷりも見物だ。牢の中央に正座する受刑中の暗い姿ばかりが印象的な主役なのに、どうもキャラ的にもピントがぼけているというか、勘違い野郎というか、その明るさが、駆け落ちした妻の苦労にやつれた姿などどこ吹く風、作品に不思議なテイストをもたらしていると思う。そんなおちゃめな映画だが、本来犯罪物なだけに部分部分で大変に緊迫した描写もあり、(先ほどの久我美子の)歌あり、貧窮により母物的涙をさそう部分あり、ヤクザ映画でもあるわけで、いろいろ盛りだくさんです(笑)。

『スリー・タイムズ』。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督。台湾映画。2005年作品。オープニングを東京国際フォーラムでやったのは初めてか(?)。素晴らしい会場で、これから先、他の作品も国際フォーラムで見られたらいいなと思った。しかも、大画面で侯孝賢は嬉しい。1960年代、1910年代、現代の3つの時代の3つのラブストーリーのオムニパスで、1話目と2話目の音楽と映像の美しさに酔いしれていたら、3話目で「今」の映像を見た途端に睡魔が襲い、ところどころ意識がとぎれ、実は3話目が最も複雑なストーリーがありそうな内容だったのだが、内容を解くことができずに終わってしまった。確かエンドクレジットの中に、唯一3話目の「青春夢」について、何か故事を脚色したというような表記があった気がするのだ。登場人物が「織香みたいに死んじゃうから」と言っていた台詞は、そのあたりから来ているのだろうか。Q&Aで聞きたかったなあ。2話目に何度も出てきた、中国式の屋敷で、使用人がランプに灯をともすシーンなどはさすがで、もう本当に見惚れる。音楽は全編を通じて良く、サウンドトラックを買いたいと思った。

『焼けた劇場の芸術家たち』。リティ・パニュ監督。フランス映画。2005年作品。フランス映画だが、カンボジアのプノンペンが舞台のドキュメンタリーのようなフィクションである(本当にフィクションか?)。内容はタイトルどおりで、火事で焼け落ちた劇場の俳優たちを追っている。でも、タイトルからイメージするような「芸術家」の話ではなく、いまだポル・ポト政権による大量虐殺の傷の癒えない人々の話であり、その「職」を失った人の子供たちが、アジアの国々ではすっかり有名な「ゴミの山からゴミを拾う」危険な作業で糧を得るような生活を強いられていたり、彼らの心を映したかのような廃墟が、「呆然と」新しいビルがどんどん建てられつつある都市の中央に横たわっていたりする、カンボジアの今を切り取った作品だ。カンボジアの映画は初めて見たと思う。まだまだあのポル・ポト時代は人々の心身に有形無形の傷を残している上、その時代を知らない若い世代とでは断絶があるという。まだ終わってなどいなかったことに衝撃を受けた。焼跡の劇場に集う(というか、住んでいる)役者たちは、出し物の1つである影絵をやってみたり、芝居のさわりを演じてみたり、また昼間であればつねに鉄アレイを上下してトレーニングをしたりしているが、ついぞ劇場が再興されることはない。毎日毎日「菜っ葉」しか入っていないスープを飲み、ときには劇場跡に住みつくコウモリを獲って食べたりする。コウモリを集めて、食べるためにさばくシーンが大写しになる。「ここはやっぱり「から揚げ」だよな」と思っていたら、次の場面は油がぱちぱちとはねる「から揚げ」シーンだった。やはり肉や魚は「から揚げ」である。

夏の突風 台湾公式ブログ

公式サイトの方にアップされるのかと待っていたら、公式ブログの方に『夏の突風』(台湾での公開タイトルは《我的夏日戀曲》)のNG集映像(約4分)、メイキング映像(約16分)、削除シーン(13場面、約10分)などの動画が上がっている。DLできます。台湾で、どの程度ヒットするか楽しみ。

そういえば、金曜の読売新聞夕刊には、祐祐の写真入りで『僕の恋、彼の秘密』の公開にあわせたインタビュー記事があったっけ。新聞で楊祐寧クンを見るとは、びっくりした。

2005.11.13

台湾金鐘奨2005

gba2005
台湾のテレビ(番組)賞である金鐘奨の2005年の授章式が12日行われ、白先勇原作、曹瑞原監督の連続テレビドラマ《孤戀花》はいくつかの部門で受賞。中でも、連続テレビドラマ部門の主演男優賞(戯劇節目連續劇男主角奨)をトゥオ・ゾンファが、助演男優賞(戲劇節目連續劇男配角奨)を高捷(ガオ・ジエ)がさらった。 

2005金鐘奨の受賞者一覧

画像は東森新聞網(ETtoday.com)より。右側にいるのが、髪を切ったチョン・ウソンではなく、主演男優賞をとったトゥオ・ゾンファ(左は連続ドラマ部門の主演女優賞、《再見、忠貞二村》の王琄(←何と読むのだ?))。ニエズの雪辱を果たしたというところだろうか。面白いのは、ニエズというどちらかといえば男性がメインのドラマのときには李青の母を演じた柯淑勤(クー・シューチン)が主演女優賞をとり、今回のヒロインたちが注目されていた《孤戀花》ではトゥオ・ゾンファが主演男優賞をとったということだ。ニエズでは泣き演技ばかりで大変だった龍子さん、おめでとう~。

さて、この連続ドラマの劇場版である《青春蝴蝶孤戀花》は、2005年の金馬奨で、唯一ノミネートされている助演女優賞(蕭淑慎(シャオ・シューチェン))をとることができるだろうか。ノミネートされているメンバー、豪華過ぎ。

2005.11.05

拾い読み

「僕でいいのかな」金本がプロ14年目で初のMVP!というニュースを受けて、阪神タイガース金本知憲外野手の公式サイトをのぞいてみたら、案の定、全面兄貴一色……。だいたいURLからして aniki-mi6。

●紀伊国屋書店の書評ブログに最近掲載された、マイケル・カニンガムの新作"Specimen Days"(2005年7月刊)の書評。ニューヨークを舞台にした19世紀から現代までのSF仕立てのトリロジー。酷評されてます。3部からなる作品中唯一、第1部のみ素晴らしいとのこと。

●きょう11月5日(土)から13日(日)まで広島で開催されるヒロシマ平和映画祭2005。ラインナップが豪華。広島は遠いなあ……。実行委員長はなんと、『土徳~焼跡地に生かされて』の青原さとし監督である。でも、土徳は上映しないのか~。

●東京国際映画祭で『月光の下、我思う』を見てから、即座に、買ったまましまいこんでいた『自伝の小説』を、犬のようによだれを垂らしながら取り憑かれたように掘り起こし、今、読んでいる。自分の部屋は本棚が1つしかなく、それは既にいっぱいなので、本は買ってすぐに読まないと埋もれてどこかにいってしまうのである。で、これが面白い。『迷いの園』も買おうと決心した。『自伝の小説』発売時に、李昂&上野千鶴子のトークショー@三省堂本店の整理券をもらっておきながら、行けなかったのが悔やまれる。

チェ・ミンシクと1泊2日というのも大変うらやましい話。毎年恒例ってのはすごい。香港や台湾、大陸のファンというのは、すごく若いという印象がある。日本なら、中華電影迷も韓流スターファンも、おばちゃん&おばあちゃん(←俺だよ)が7割といったところだが、韓国のこの渋い俳優のファン層というのは、どのあたりなんだろうか。

●やっぱり、コリン・ファレルのチェーザレ・ボルジア(byニール・ジョーダン)、怖いもの見たさで、楽しみだ(→allcinema ONLINEのヘッドラインニュース)。

2005.11.04

SUD PRALAD 再び

墓参&東京フィルメックスのチケットを買ってから、仕事へ(タクシーにて帰宅)。今回のフィルメックスの自分的目玉作品は『思春の泉』と『結果』。楽しみ♪

19日(土)は中川信夫特集の『私刑(リンチ)』を見てから、オープニングの『スリー・タイムズ』に行こうかと考えていたが、が、が、が、この特集上映は美味し過ぎるかと……(悩)→国際交流基金 アジア映画監督シリーズ10「タイの新星 アピチャートポン・ウィーラセータクン」。そして日程が悲し過ぎ。しかし、『ブリスフリー・ユアーズ』と『トロピカル・マラディ』の抱き合わせは強烈な誘惑だ。さらに14日(月)は監督トークがあり、18日(金)には快作(怪作?)『アイアン・プッシーの大冒険』の上映もある! とはいえ、平日19:00というのはかなり厳しい。国内盤DVDとか、出ないかなあ……。


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