« 中国語映画祭り | トップページ | 「愛シテ、イマス。1941」は »

2005.10.25

2日目。

以下、23日の晩に書いている途中寝てしまい……。

TIFF2日目。ついついシネコンの思惑に乗せられ、上映前になると毎度飲み物やら食い物やらを、ついついカウンターに買いにいく。で、欲張って5本見るつもりだったが、さすがに5本目は、何度も意識が飛んだ馬鹿である。

再び雑感。

『無米楽』。約1時間の、おなじみの公共電視制作の台湾のドキュメンタリーで、高齢化した稲作農家の人々の今を描いている。出演者が歌う完璧に近い日本の懐メロからは、今さらながら、日本による占領の影響力の強さがよくわかる。余りにも自然に日本語が出てくるので、日本で制作されたテレビ・ドキュメンタリーか何かを見ているような気がして仕方がなかった。作品の本来の制作意図は、映画の後半でおじさんたちが語るとおり、まずは台湾の稲作農業の現実を知ってもらうことだったのだろうが、人が汗まみれで黙々と働く姿は、それだけで見るものに強く何かを訴えかける力がある。その映像はどこか神々しいというか、つい襟を正して、たるみきった自分の生活を胸に手を当てて振り返ってしまいそうにさせるものがある。また、水牛を使った農作業や、ふとんの綿打ち(←実はこれに最も感動した)、田ならしなどを見るのも本当に面白い。一番面白いのは、おじさんやおばさんたちの人生が見え隠れする会話や、表情や、肉体なのだけど。タイトルは「米作りをしない者は楽に生きていける」ということだとか。農業というのは、神々を相手に賭けをやるようなものだと言っていたおじさんの言葉は印象的だった→DVDも出てます。

『非婚という名の家』。こちらも約1時間の公共電視制作のドキュメンタリー。「非婚」であり「未婚」ではない、というあたりがミソだろうか(でも、「非婚」というのは邦題のみ? 原題《無偶之家、往時之城》の「無偶」というのはどうなんだろう?)。作品は、世間的には未婚=「まだ結婚しない人」にくくられてしまう「結婚していない人」のうちの、男性同性愛者、しかも「いい年齢(トシ)をしてまだ結婚してないの?」などとより強い圧力をかけられやすい30代、40代、50代……といった年代の人々の、仕事や生活、人権運動としてのパレードの様子などの間に、各々の過去や家族に関するインタビューや、仲間内での会話の様子を織り交ぜた映像で綴られる。特に、それぞれに恋人を病気で失った別の2人の男性に焦点を当て、彼らの想いや、亡くなった恋人の血縁者たちとの交流を追いながら、婚姻制度という狭い枠には入りきらないところにもまた、当然人が生き、愛し、死にゆく営みがあることを見せ付ける。男性同士の10数年にわたる愛を描き、2001年の金馬奨で監督賞、主演男優賞、脚色賞、編集賞、観客賞などを受賞したスタンリー・クワン作品が、どうしてそれほどに台湾で支持されたのか、その理由の1つを教えてくれる。

『台湾黒電影』は、「『マイ・コリアン・シネマ』台湾トンデモ版」といった感じだったなぁ。監督の言うとおり、目的は『マイ・コリアン・シネマ』よりもっとコンパクト(=葬り去られた「黒電影」を台湾映画史の中でとらえ直すという明確なもの)だけれど……。作品中、「それだけではない」と否定されてはいたが、入り口ではリアルを志したはずがデフォルメ放題の大フィクションとなってしまった「黒電影」の隆盛は、やはり「反動」として台湾ニューウェーヴのムーブメントを生み出す元となったと言えるわけで、観光宣伝なんかじゃ台湾は「癒し」だの「優しい」だのと安っぽい切り口で売り込まれてはいるが、このトンデモな黒電影(←ある意味ほめ言葉です)から、今の定番である退屈系台湾芸術映画(←ある意味やっぱりほめ言葉です)への振幅の大きさを考えると、台湾というのは実はとっても極端ではっきりした文化を持っているんじゃないかと(嬉しく)思ったりした。作品中に使用された(確か)6本の黒電影に関するエンドクレジットの中に、1作品、柯俊雄の名があった気がしたが、映像の中ではさすがに発見できなかった。どこにいたんだ……。

『レター・オブ・ファイアー』。直接的なテーマは現代の家族における父の不在だと監督から説明あり。殺人容疑で警察に追われる幼い少年と、彼の母と父、彼をかくまった博物館の守衛の男と娘を中心に、テレビの映像と現実が混ざり合うような幻想的な描写があり、過去を何度も反芻するような技巧的な描写があり、文字どおり全てをひっくり返すようなクライマックスの夜の博物館のすさまじい迫力の場面がある、不思議なサスペンス。そして後からじわじわと、ストーリーの本当の怖さ、重さが心にのしかかって来る。一晩かかる虫の羽化をじっと見守っているような、緊張感みなぎる静けさをたたえた映画だった。そしてティーチインには、「こんな映画はさっぱりわからない。こんな1回ですっきりわからない映画のどこに価値があるのか」おじさんがことしも出た……。そりゃあ、1回見たぐらいではわからないが、それを自分なりに読み解く(というか解けなくとも、何かを読み取ろうと考える)ことも面白いわけで、ああだこうだと頭の中でぐるぐるしていたら、その間に、このオヤジがかまびすしく突っ込んでくれたおかげで、監督が丁寧に、作品は「1回見てわかってしまうようにはつくっていない」ことや、過去の作品でも、(本国スリランカでは)ディスカッションやティーチインを行う時間も含めて上映活動を行ってきたこと、作品が海外で理解されるかどうかということよりも、あくまでもスリランカ社会に向けてその社会をゆさぷるために映画をつくっていることを語ってくれた。オープニング(母が息子の身体の隅々をメジャーで測っていく場面)とラストシーン(息子が、母にするように抱きついた仏像が壊されてクレーンで運び出される場面)の対比1つとっても、考えるられることが沢山あり面白い。

『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』。これはまあ、自分的断背山前夜祭というところか、単にジェイク・ギレンホールが出ているということと、購入済みチケットの作品の空きの時間帯に上映される作品で当日券が取れたからということで、運良く見られたというだけ。アジア系映画ファンのマニアックな空気の中にばかりいると、時には風通しのいいところに出たくなる……というのもある(笑)。 《Proof》という作品が舞台作品(室内劇)だということを知って、内容のハリウッド映画らしからぬ地味さ(←ある意味ほめ言葉である)にも納得した。父と娘の愛と葛藤、学問上の争いなどを横糸にからめ、昏迷の中にある若い女性の生き方を描いたイギリス映画のような内容の作品なのだ。ヒロインのキャサリン(グウィネス・パルトロウ)は天才数学者(アンソニー・ホプキンス)を父に持つ同じ数学の道を歩む女性で、ジェイク・ギレンホール演じるハロルドは父の教え子、という関係。でも舞台版には、ハロルドは登場するのだろうか。本当の映画のテーマを際立たせるならハロルドは邪魔な気すらしたのだが、やはりハリウッド映画となると、若いきれいどころ(男)をヒロインにあてがわないとだめなのだろうか。まあ、「あてがう」といっても、本作では非常に控え目なあてがい方ではあるのだが……。グウィネスは熱演。パーティで数学研究者たちのバンドの"演奏"する「虚数」というナンバーが楽しい。ヒロインが全編悩んで苦しみ続けたものの、『レター・オブ・ファイアー』の後では出がらしの茶のような気がしてしまう、と言ったらかわいそう過ぎるか?

『細い目』。マレーシア映画。前の映画を最後まで見ていたら、上映に間に合わず、10分程度遅れて最前列で見る。中華系の男の子とマレー系の女の子が恋をするという明るい初恋もの、というのは表向き。実はだんだん怖くなっていく(恐怖ではなく、現実として恐ろしい方向に向かうという意味で……)。ただし自分は、ところどころ睡魔に襲撃されていたので、あまりよくわかっていない(でも本当は、眠くなるようなつまらない映画ではない)。びっくりしたのは、同じ街に暮らしていても、違う民族の間では恋愛をすることはもちろん、友人として付き合うことも珍しいようであること。映画のカップルは、彼女がマレー系でありながら中華電影ファンであったことで成り立ったようなもので、それがなかったから「細い目」の中華系の若者は、くっきりとした顔立ちのマレー系の少女に興味を持たれることもなかっただろう。彼女の「趣味」のお陰で、お決まりの内容ではあるが香港映画ファンに受ける台詞なども挿入されていて、楽しげな笑い声が会場で上がっていた。徐々に「怖くなっていく」部分で、ところどころ眠りに入っていたせいで、ラストシーンでは衝撃を受けた。最初から最後まで明るい映像と演出、それらとストーリーとは全く別物だったのだった。

« 中国語映画祭り | トップページ | 「愛シテ、イマス。1941」は »

コメント

>パートナーのいない場所、過去の場所

そうですね。原題はごく素直に、作品中最も大切に描かれていた、2人の恋人を失った男性たちの心情と読むこともできるわけですね(というか、「往時之城」がある以上、そう読むべきなのか)。

うーん、なるほど。

石公 さま
返事をありがとうございます。

私も専門に勉強したことないので、見当違いでしたら申し訳ないのですが、
「無偶之家、往時之城」は「パートナーのいない場所、過去の場所」と思っていたので、「非婚」という「意識的」な部分はないと思っていました。むしろ「偶」というものには、婚姻のあるなしとは切り離されていたと思っていたのですが、石公さんの指摘で考えさせられて、一般通念上「パートナーシップ」の前提には婚姻がある(と言い切ってしまいますが...) と考えると、邦題に「非婚」とタイトル付けたところにキモを感じますね。

まとまらなくてすみません。

コメントをありがとうございます!

>「無偶~」の「偶」はパートナー、伴侶といった意味があるかと...

そうなんです。辞書で「偶」を引いてその意味はある程度つかめるのですが、「非婚」という日本語の「意識的」な部分が「無偶」という言葉にあるのかどうか、そのあたりがよくわからなくて……。何となく感じはしますけれども、どうなんでしょうか? 

「往時之城」というのはまた、とてもロマンチックな感じを受けますが、単純な字面で読み取っていいのかどうか……その辺も、きちんと中国語を勉強していないのでわからず。

といういいかげんな状態で、公的な場に文章を書くもんじゃないのかもしれません。すみません。

よかったらまたお教えくだい。

差し出がましいようですが...

「無偶~」の「偶」はパートナー、伴侶といった意味があるかと...

レビューを楽しみにしています。

@ゆうこさん、こんばんわ~。

いや~、本数が見る多いからってちゃんと見ることができているかといえば、決してそうではないです。でも、同じぐらい見ている人はまだまだおいでです(上のトラックバックを参照)。

「真昼の星空」ご覧になるんですね! 私、いまだに「もしや「真昼の星空」中に張孝全くんが出演していはないか」と思ったりしているんですが、まあ、撮影前時点で出演の噂はあったものの撮影したという情報は全く聞かなかったので、有り得ないことでしょう。時間が合えば、それを確かめるために見たかったです。よかったら感想などお聞かせくださいね。

ことしはさすがに特集が組まれているだけあって、台湾映画は良い気がします。いや昨年よりずっと良いですよ。ご堪能ください!

石公さん 5本は凄過ぎです。
(尊敬します)

私は二日間で5本
チョコレートラップ
恋人
月光の下、我思う
飛魚を待ちながら
深海

です。今後は

真昼の星空
台湾黒電影
非婚という名の家

ほぼ台湾オンリーでぐったりしています。
(自分で日程組んだのになんですが)

「細い目」は見たいのですが、
これ以上入れられない。(日程・金銭・体力的)
「怖い」ってのが気になります。

黒電影
注意してみてみます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9120/6541681

この記事へのトラックバック一覧です: 2日目。:

» 東京国際映画祭2 四番組五作品 [新世紀活動大写真]
映画祭二日目。今日も六本木ヒルズへ。交通費精算をし忘れての給料日前でもあり、飲食関係はなるべく安上がりに済ませようとペットボトル二本にお茶を詰め、数年ぶりにおにぎりを握って持って行くという涙ぐましい節約の努力を見せる。何しろこの日は朝から夜まで五番組六...... [続きを読む]

« 中国語映画祭り | トップページ | 「愛シテ、イマス。1941」は »