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2005.10.23

中国語映画祭り

東京国際映画祭1日目。最後の回見て帰ってきて、風呂入って落ちつくとこの時間ってどういうことだ……。東京の東のはずれにまで届く電車は既になく、途中からタクシーだし。まあ、六本木は不自由だが、渋谷の文化村も嫌いなので、自分としては映画祭の場所はどうでもいいのだが……。

で、本日は豊穣の中国映画祭り。取り急ぎ雑感のみ。

『ドジョウも魚である』。これは見応えのある、見事な作品。見て損はないと思う。「恥知らず」(ニエズで阿青が父ちゃんに蹴り出されるときに罵られるのと同じ単語)が口癖で、人として恥ずかしくない生き方を第一義としている貧しい女性(離婚して幼い女児2人をつれて北京に出稼ぎに来ている)が、その底辺の生活の中で、様々な人々と人間的に触れ合っていく日々を描く。現実的でありながら、コミカルな面のある前向きな映画である。明治女のように古風であっぱれな価値観の女性の、子育てや重労働の労苦といった、いわゆる中国映画的題材をきっちり描いているのだが、カメラが何だか意欲的なのである。後姿のショットが多かったり、群舞を俯瞰してみたり、唐子のように愛らしいヒロインの娘たちが遊ぶ様を遠景でとらえてみたり……。内容の力強さはもちろん、題材のクラシックさと、映像のキレの対比が面白かった。まだパンフレットも読んでいないので、監督が幾つなのかどんな人なのかもわからないし、女優さんのこともわからないが(後で調べてます)、熱演。白先勇原作の映画『最後の貴族』でヒロインを演じた潘虹さんも、相変わらず美しく、ヒロインを父の介護係兼お手伝いさんとして雇う現代的な女性を演じていた。

『モンゴリアン・ピンポン』。自分の大好きな「軽み」のある映画だった。モンゴルの草原で暮らす一家の子供が、川でピンポン玉を拾うという話。あいかわらず、ひょうひょうと淡々と話が進むのは寧浩監督の色である。子供たちが、バイクに乗ったり、酒を飲んだり、家出をしたり、けんかをしたり……というと反抗期のティーンエージャー(←ってカテゴリ名も古いけど)を描いているみたいに聞こえるけれど、子供とは実は小学校入学前後の幼い子供たちで、馬や羊のいる広大な草原の中で、のどかに暮らしているだけだ。広いから馬かバイクに乗らないと目的地へ行けないし、飲んだくれの父ちゃんの飲むビールを1本ちょろまかして飲んでみたりもするし、ピンポン玉を持ち主に返そうと勝手に出かける(結果、家出のようなことになり捜索される)、ピンポン玉1個のことで取り合いのケンカもする。『香火』同様若い監督らしからぬ地味な題材なのだが、そこはかとないおかしみの元になる間と視点が、それでも現代的で心地よい。若手実力派不条理系(ってあるのか?)漫才のボケみたいな感じ。そう、全編ボケだよね、彼の映画は。

韓国映画のチケットが取れなかったので時間が空いたため、レッドカーペットを覗いてから、文京区役所まで足を伸ばす。レッドカーペットでは、人ごみのすきまからわずかにではあったが、長恨歌チームの生などを拝むこともできてラッキー。中川陽介監督と香椎由宇ちゃんも見えて嬉しかった。

『週末の出来事』(@現代中国映画上映会)。ということで、文京区役所ビル(シビックセンター)にて。もう、これはフィルメックスの同じ章明監督作品『結果』を見るための下準備のつもりである。内容は、舞台が『沈む街』と同じく重慶であることによる風景の既視感から、『沈む街』の続きのように思えて仕方ない。主人公の1人の警官の先輩警官を演じているのは、体型は変わっているけれど、『沈む街』のときに若い警官を演じた俳優さんとは違うだろうか?(顔が似ている気が←これもあとで調べてみます) 週末に、昔の学生時代の同級生やら古い友人たちが集まって、川遊びをする話。しかし、彼らの心の中には、表向きの「今」の生活からはかけ離れた、愛や夢や悩みがある。哲学的命題風の台詞と映像を散りばめながら、結局は男女の色恋沙汰を描いていたりするのは、ある意味、ホン・サンスっぽいかなと今回感じた。いや自分、ホン・サンスは好きですが、ホン・サンスより章明の映画の方が面白いです(笑)。中国映画で海水浴(正確には海ではないので川遊び)シーンが出てくるものは珍しい気がする。『沈む街』そうなのだが、水着で若者たちが戯れていても、ちっとも「明るく楽しく」ないのである。で、そこが好きだ。女優さんたちは、みな美しい。


六本木へ戻って『月光の下、我思う』。上記3本は大陸映画だが、こちらは台湾映画。最近見た台湾映画の中では(自分的に)出色&大変気持ち良い作品だった。ヒロインの夫もダメ男、娘の恋人も、2人ともダメ男でしたという話だと思うが(違う?)。そういうキツい視線はやわらげられ、作品としてまとめあげられ、美しい映画として完成されていた。ティーチ・インで原作者の李昂(リー・アン)の元の短編小説と映画のプロットに違いがあるのかどうかと、監督が(多分男性に対して厳しい目を向けているであろ)原作小説をどうして取り上げようと思ったのか聞きたかったが、時間が短く質問はかなわなかった。でも、監督も李昂作品のファンだそうで、日本ですら何作も長編が翻訳されている台湾作家としては珍しい知名度のある作家なのだから、そりゃ台湾じゃポピュラーなんだろうと納得。映画は大変面白かった。全く原作を知らないので、最終的な展開の余りなことに本当にびっくりしたが、さすが楊貴媚、さすが李昂だと、上映後心の中で喝采を送った。ただで終わるはずはない! 監督が李昂のほかの作品で映画化されたものの話をしていたが、たぶん原作は『夫殺し』。調べたところ、1986年の《杀夫》(曾壮祥監督)だろうか。楊貴媚1人舞台という感じ。お見事!

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コメント

@ゆうこさん、こんばんわ!

さ、さすがにきょうは疲れました。最後の1本はかなり意識が飛び飛びで、大まかなところはつかめたものの、「見た意味ないじゃん」状態。なかなか良い作品だったのにもったいない。チケットの数ばかり取ればいいというものではありませんね……(恥ずかしいです)。

でもウィークディは、ことしは無理せずぼちぼちです。

@ゆうこさんは、何をご覧になるんでしょうか?

私は明日以降は、アジア系が7本と、その他が2本と、ショートショートを見にいく予定でおります。希望したタイミングの韓国映画が全く取れなかったのが、本当に残念です。

石公さま
そのパワーに感動しております。

「月光の下~」は
石公さん含むネット知人、リアル知人含め
私の知り合いが
5人ほど観に行っている模様です。
残念ながら私はこれから見ます。

李昂原作と知ってちょっとびびってましたが
・・・・・・・・。

私の映画祭はこれからなので
頑張ろうと思います。

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