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2005.10.31

終わり。

東京国際映画祭は『細い目』のアジア映画賞で終了。職場の仕事と内職で忙殺され、見る予定だった映画のうちの3本は見られず。

今回、こんな状況にもかかわらず会社を休んで見にいった東京国際女性映画祭のポーランド映画『笞の痕』は予想以上に素晴らしく、暗さといい求心力といいコンパクトさといい終わり方といい大変好みでもあり、『月光の下、我思う』と共に、自分的には今回の映画祭のベスト。

パン・ホーチョン監督『AV』は、台詞の面白さはさすが。きれいにまとまっていた。出演者の若いお兄ちゃんたちががきれい過ぎて、物足りない気がする?

探偵物サスペンス映画『シレンティウム』(コンペティション)を見た最大の理由はドイツ映画だから。見た人の声は余り良いものがない気がするが、オチの「すっきりしない感」が(ハリウッド的ではないという意味で)ヨーロッパ映画らしく、自分的には好感を持った。

『浮気雲』。面白かった。今回パン・ホーチョン作品より面白かった(笑)。お魚になった(←古いよ)李康生も、前代未聞のラストシーンもいいが、月光の下……で楊貴媚に魂を抜かれてしまったので、真っ赤な衣装の彼女のトイレでの群舞シーンに釘づけだった。

『長恨歌』。いろいろと問題もあろうが、ここまでのクオリティの作品を見せてもらえるのは、やはり幸せだと思う。映画は、チーヤオとリリの物語だと自分は感じたが、原作はまた違うのだろうか、どうなのか? 鄭秀文は、美しさよりもキャラクターの自我の方が前に出てきている感じがすごく良かったが、もっと深さと豊かさが欲しかった気もする。梁家輝は、最近はどんな作品を見ても本当に良い。今や關錦鵬組のミューズとなってしまった胡軍(黄色の蝶ネクタイの素晴らしいコーディネイトに感じ入った)は、梁家輝に比べると薄い(浅い)なあと思う。

『愛と卵について』。すべてスタジオ撮影だとのことだが、舞台であるインドネシアの市場の雑踏というなかなか見られない景色と、子供たちを始め魅力的な人々が登場していたにもかかわらず、睡眠時間2時間がたたり、案の定、爆睡。いや、『長恨歌』の方は遅れて会場入りしたたため、後で立ち見していたので眠らなかっただけで、愛と卵も立ち見をしていればきちんと見られたに違いない。馬鹿です。

2005.10.27

「愛シテ、イマス。1941」は

ignacio  bagoas

仕事をぶっちぎって行ってきた。あまり時間が取れないので一言……。

Dennis Trillo(デニス・トゥリロ)が演じたイグナシオを 見ていて、どこかで見たような顔だと大分悩んだが、途中ではたと気づいた。そうだ、これは、フランシスコ・ボッシュasバゴアスだ。

でもDennis Trilloご本人は、ふだんはアイドル系のおにいちゃんである→こんな人

上の画像は左がイグナシオ、右がバゴアス。愛シテ……の感想はまた後日書いてみたい。

あすは休みをとったので、東京国際女性映画祭に行く予定です。

2005.10.25

2日目。

以下、23日の晩に書いている途中寝てしまい……。

TIFF2日目。ついついシネコンの思惑に乗せられ、上映前になると毎度飲み物やら食い物やらを、ついついカウンターに買いにいく。で、欲張って5本見るつもりだったが、さすがに5本目は、何度も意識が飛んだ馬鹿である。

再び雑感。

『無米楽』。約1時間の、おなじみの公共電視制作の台湾のドキュメンタリーで、高齢化した稲作農家の人々の今を描いている。出演者が歌う完璧に近い日本の懐メロからは、今さらながら、日本による占領の影響力の強さがよくわかる。余りにも自然に日本語が出てくるので、日本で制作されたテレビ・ドキュメンタリーか何かを見ているような気がして仕方がなかった。作品の本来の制作意図は、映画の後半でおじさんたちが語るとおり、まずは台湾の稲作農業の現実を知ってもらうことだったのだろうが、人が汗まみれで黙々と働く姿は、それだけで見るものに強く何かを訴えかける力がある。その映像はどこか神々しいというか、つい襟を正して、たるみきった自分の生活を胸に手を当てて振り返ってしまいそうにさせるものがある。また、水牛を使った農作業や、ふとんの綿打ち(←実はこれに最も感動した)、田ならしなどを見るのも本当に面白い。一番面白いのは、おじさんやおばさんたちの人生が見え隠れする会話や、表情や、肉体なのだけど。タイトルは「米作りをしない者は楽に生きていける」ということだとか。農業というのは、神々を相手に賭けをやるようなものだと言っていたおじさんの言葉は印象的だった→DVDも出てます。

『非婚という名の家』。こちらも約1時間の公共電視制作のドキュメンタリー。「非婚」であり「未婚」ではない、というあたりがミソだろうか(でも、「非婚」というのは邦題のみ? 原題《無偶之家、往時之城》の「無偶」というのはどうなんだろう?)。作品は、世間的には未婚=「まだ結婚しない人」にくくられてしまう「結婚していない人」のうちの、男性同性愛者、しかも「いい年齢(トシ)をしてまだ結婚してないの?」などとより強い圧力をかけられやすい30代、40代、50代……といった年代の人々の、仕事や生活、人権運動としてのパレードの様子などの間に、各々の過去や家族に関するインタビューや、仲間内での会話の様子を織り交ぜた映像で綴られる。特に、それぞれに恋人を病気で失った別の2人の男性に焦点を当て、彼らの想いや、亡くなった恋人の血縁者たちとの交流を追いながら、婚姻制度という狭い枠には入りきらないところにもまた、当然人が生き、愛し、死にゆく営みがあることを見せ付ける。男性同士の10数年にわたる愛を描き、2001年の金馬奨で監督賞、主演男優賞、脚色賞、編集賞、観客賞などを受賞したスタンリー・クワン作品が、どうしてそれほどに台湾で支持されたのか、その理由の1つを教えてくれる。

『台湾黒電影』は、「『マイ・コリアン・シネマ』台湾トンデモ版」といった感じだったなぁ。監督の言うとおり、目的は『マイ・コリアン・シネマ』よりもっとコンパクト(=葬り去られた「黒電影」を台湾映画史の中でとらえ直すという明確なもの)だけれど……。作品中、「それだけではない」と否定されてはいたが、入り口ではリアルを志したはずがデフォルメ放題の大フィクションとなってしまった「黒電影」の隆盛は、やはり「反動」として台湾ニューウェーヴのムーブメントを生み出す元となったと言えるわけで、観光宣伝なんかじゃ台湾は「癒し」だの「優しい」だのと安っぽい切り口で売り込まれてはいるが、このトンデモな黒電影(←ある意味ほめ言葉です)から、今の定番である退屈系台湾芸術映画(←ある意味やっぱりほめ言葉です)への振幅の大きさを考えると、台湾というのは実はとっても極端ではっきりした文化を持っているんじゃないかと(嬉しく)思ったりした。作品中に使用された(確か)6本の黒電影に関するエンドクレジットの中に、1作品、柯俊雄の名があった気がしたが、映像の中ではさすがに発見できなかった。どこにいたんだ……。

『レター・オブ・ファイアー』。直接的なテーマは現代の家族における父の不在だと監督から説明あり。殺人容疑で警察に追われる幼い少年と、彼の母と父、彼をかくまった博物館の守衛の男と娘を中心に、テレビの映像と現実が混ざり合うような幻想的な描写があり、過去を何度も反芻するような技巧的な描写があり、文字どおり全てをひっくり返すようなクライマックスの夜の博物館のすさまじい迫力の場面がある、不思議なサスペンス。そして後からじわじわと、ストーリーの本当の怖さ、重さが心にのしかかって来る。一晩かかる虫の羽化をじっと見守っているような、緊張感みなぎる静けさをたたえた映画だった。そしてティーチインには、「こんな映画はさっぱりわからない。こんな1回ですっきりわからない映画のどこに価値があるのか」おじさんがことしも出た……。そりゃあ、1回見たぐらいではわからないが、それを自分なりに読み解く(というか解けなくとも、何かを読み取ろうと考える)ことも面白いわけで、ああだこうだと頭の中でぐるぐるしていたら、その間に、このオヤジがかまびすしく突っ込んでくれたおかげで、監督が丁寧に、作品は「1回見てわかってしまうようにはつくっていない」ことや、過去の作品でも、(本国スリランカでは)ディスカッションやティーチインを行う時間も含めて上映活動を行ってきたこと、作品が海外で理解されるかどうかということよりも、あくまでもスリランカ社会に向けてその社会をゆさぷるために映画をつくっていることを語ってくれた。オープニング(母が息子の身体の隅々をメジャーで測っていく場面)とラストシーン(息子が、母にするように抱きついた仏像が壊されてクレーンで運び出される場面)の対比1つとっても、考えるられることが沢山あり面白い。

『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』。これはまあ、自分的断背山前夜祭というところか、単にジェイク・ギレンホールが出ているということと、購入済みチケットの作品の空きの時間帯に上映される作品で当日券が取れたからということで、運良く見られたというだけ。アジア系映画ファンのマニアックな空気の中にばかりいると、時には風通しのいいところに出たくなる……というのもある(笑)。 《Proof》という作品が舞台作品(室内劇)だということを知って、内容のハリウッド映画らしからぬ地味さ(←ある意味ほめ言葉である)にも納得した。父と娘の愛と葛藤、学問上の争いなどを横糸にからめ、昏迷の中にある若い女性の生き方を描いたイギリス映画のような内容の作品なのだ。ヒロインのキャサリン(グウィネス・パルトロウ)は天才数学者(アンソニー・ホプキンス)を父に持つ同じ数学の道を歩む女性で、ジェイク・ギレンホール演じるハロルドは父の教え子、という関係。でも舞台版には、ハロルドは登場するのだろうか。本当の映画のテーマを際立たせるならハロルドは邪魔な気すらしたのだが、やはりハリウッド映画となると、若いきれいどころ(男)をヒロインにあてがわないとだめなのだろうか。まあ、「あてがう」といっても、本作では非常に控え目なあてがい方ではあるのだが……。グウィネスは熱演。パーティで数学研究者たちのバンドの"演奏"する「虚数」というナンバーが楽しい。ヒロインが全編悩んで苦しみ続けたものの、『レター・オブ・ファイアー』の後では出がらしの茶のような気がしてしまう、と言ったらかわいそう過ぎるか?

『細い目』。マレーシア映画。前の映画を最後まで見ていたら、上映に間に合わず、10分程度遅れて最前列で見る。中華系の男の子とマレー系の女の子が恋をするという明るい初恋もの、というのは表向き。実はだんだん怖くなっていく(恐怖ではなく、現実として恐ろしい方向に向かうという意味で……)。ただし自分は、ところどころ睡魔に襲撃されていたので、あまりよくわかっていない(でも本当は、眠くなるようなつまらない映画ではない)。びっくりしたのは、同じ街に暮らしていても、違う民族の間では恋愛をすることはもちろん、友人として付き合うことも珍しいようであること。映画のカップルは、彼女がマレー系でありながら中華電影ファンであったことで成り立ったようなもので、それがなかったから「細い目」の中華系の若者は、くっきりとした顔立ちのマレー系の少女に興味を持たれることもなかっただろう。彼女の「趣味」のお陰で、お決まりの内容ではあるが香港映画ファンに受ける台詞なども挿入されていて、楽しげな笑い声が会場で上がっていた。徐々に「怖くなっていく」部分で、ところどころ眠りに入っていたせいで、ラストシーンでは衝撃を受けた。最初から最後まで明るい映像と演出、それらとストーリーとは全く別物だったのだった。

2005.10.23

中国語映画祭り

東京国際映画祭1日目。最後の回見て帰ってきて、風呂入って落ちつくとこの時間ってどういうことだ……。東京の東のはずれにまで届く電車は既になく、途中からタクシーだし。まあ、六本木は不自由だが、渋谷の文化村も嫌いなので、自分としては映画祭の場所はどうでもいいのだが……。

で、本日は豊穣の中国映画祭り。取り急ぎ雑感のみ。

『ドジョウも魚である』。これは見応えのある、見事な作品。見て損はないと思う。「恥知らず」(ニエズで阿青が父ちゃんに蹴り出されるときに罵られるのと同じ単語)が口癖で、人として恥ずかしくない生き方を第一義としている貧しい女性(離婚して幼い女児2人をつれて北京に出稼ぎに来ている)が、その底辺の生活の中で、様々な人々と人間的に触れ合っていく日々を描く。現実的でありながら、コミカルな面のある前向きな映画である。明治女のように古風であっぱれな価値観の女性の、子育てや重労働の労苦といった、いわゆる中国映画的題材をきっちり描いているのだが、カメラが何だか意欲的なのである。後姿のショットが多かったり、群舞を俯瞰してみたり、唐子のように愛らしいヒロインの娘たちが遊ぶ様を遠景でとらえてみたり……。内容の力強さはもちろん、題材のクラシックさと、映像のキレの対比が面白かった。まだパンフレットも読んでいないので、監督が幾つなのかどんな人なのかもわからないし、女優さんのこともわからないが(後で調べてます)、熱演。白先勇原作の映画『最後の貴族』でヒロインを演じた潘虹さんも、相変わらず美しく、ヒロインを父の介護係兼お手伝いさんとして雇う現代的な女性を演じていた。

『モンゴリアン・ピンポン』。自分の大好きな「軽み」のある映画だった。モンゴルの草原で暮らす一家の子供が、川でピンポン玉を拾うという話。あいかわらず、ひょうひょうと淡々と話が進むのは寧浩監督の色である。子供たちが、バイクに乗ったり、酒を飲んだり、家出をしたり、けんかをしたり……というと反抗期のティーンエージャー(←ってカテゴリ名も古いけど)を描いているみたいに聞こえるけれど、子供とは実は小学校入学前後の幼い子供たちで、馬や羊のいる広大な草原の中で、のどかに暮らしているだけだ。広いから馬かバイクに乗らないと目的地へ行けないし、飲んだくれの父ちゃんの飲むビールを1本ちょろまかして飲んでみたりもするし、ピンポン玉を持ち主に返そうと勝手に出かける(結果、家出のようなことになり捜索される)、ピンポン玉1個のことで取り合いのケンカもする。『香火』同様若い監督らしからぬ地味な題材なのだが、そこはかとないおかしみの元になる間と視点が、それでも現代的で心地よい。若手実力派不条理系(ってあるのか?)漫才のボケみたいな感じ。そう、全編ボケだよね、彼の映画は。

韓国映画のチケットが取れなかったので時間が空いたため、レッドカーペットを覗いてから、文京区役所まで足を伸ばす。レッドカーペットでは、人ごみのすきまからわずかにではあったが、長恨歌チームの生などを拝むこともできてラッキー。中川陽介監督と香椎由宇ちゃんも見えて嬉しかった。

『週末の出来事』(@現代中国映画上映会)。ということで、文京区役所ビル(シビックセンター)にて。もう、これはフィルメックスの同じ章明監督作品『結果』を見るための下準備のつもりである。内容は、舞台が『沈む街』と同じく重慶であることによる風景の既視感から、『沈む街』の続きのように思えて仕方ない。主人公の1人の警官の先輩警官を演じているのは、体型は変わっているけれど、『沈む街』のときに若い警官を演じた俳優さんとは違うだろうか?(顔が似ている気が←これもあとで調べてみます) 週末に、昔の学生時代の同級生やら古い友人たちが集まって、川遊びをする話。しかし、彼らの心の中には、表向きの「今」の生活からはかけ離れた、愛や夢や悩みがある。哲学的命題風の台詞と映像を散りばめながら、結局は男女の色恋沙汰を描いていたりするのは、ある意味、ホン・サンスっぽいかなと今回感じた。いや自分、ホン・サンスは好きですが、ホン・サンスより章明の映画の方が面白いです(笑)。中国映画で海水浴(正確には海ではないので川遊び)シーンが出てくるものは珍しい気がする。『沈む街』そうなのだが、水着で若者たちが戯れていても、ちっとも「明るく楽しく」ないのである。で、そこが好きだ。女優さんたちは、みな美しい。


六本木へ戻って『月光の下、我思う』。上記3本は大陸映画だが、こちらは台湾映画。最近見た台湾映画の中では(自分的に)出色&大変気持ち良い作品だった。ヒロインの夫もダメ男、娘の恋人も、2人ともダメ男でしたという話だと思うが(違う?)。そういうキツい視線はやわらげられ、作品としてまとめあげられ、美しい映画として完成されていた。ティーチ・インで原作者の李昂(リー・アン)の元の短編小説と映画のプロットに違いがあるのかどうかと、監督が(多分男性に対して厳しい目を向けているであろ)原作小説をどうして取り上げようと思ったのか聞きたかったが、時間が短く質問はかなわなかった。でも、監督も李昂作品のファンだそうで、日本ですら何作も長編が翻訳されている台湾作家としては珍しい知名度のある作家なのだから、そりゃ台湾じゃポピュラーなんだろうと納得。映画は大変面白かった。全く原作を知らないので、最終的な展開の余りなことに本当にびっくりしたが、さすが楊貴媚、さすが李昂だと、上映後心の中で喝采を送った。ただで終わるはずはない! 監督が李昂のほかの作品で映画化されたものの話をしていたが、たぶん原作は『夫殺し』。調べたところ、1986年の《杀夫》(曾壮祥監督)だろうか。楊貴媚1人舞台という感じ。お見事!

2005.10.18

MAHAL KITA 下調べ

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一部で盛り上がっている(って1人だけか)、東京国際映画祭「アジアの風」上映のフィリピン映画『愛シテ、イマス。1941』をほんの少しだけ調べてみた。

フィリピン本国では公開済みなので公式サイトは既にある→こちら。現代からの回想という形で戦時下(日本占領下)に戻るという構成のようだ。トレイラーや画像を見ると、堂々、歴史物メロドラマの雰囲気をかもしている。

が、内容はシビア。とはいえ通常のフィリピンの、日本占領時代を描いた映画よりは日本兵の描写はソフトらしいが……。そのあたりが最も詳しく書かれていたのが、「日刊ベリタ」に2005年2月7日付で掲載された無料記事(-日本占領下の「慰安ゲイ」を比で映画化 史実を基に描き好評-)。映画をご覧になる方は、読んでみてください。

で、この中で、日本兵を演じているのは、昨年の『ガガンボーイ クモおとこ対ゴキブリおとこ』(『スパイダー・ボーイ ゴキブリンの逆襲』のタイトルでDVD発売済)で巨大なゴキブリおとこ役を演じ、一昨年の『プロスティ』では美しいオーブリー・マイルズ(ガガンボーイでも共演)と色っぽいラブシーンをワイルドに決めていたジェイ・マナロ。彼は3年連続で東京国際映画祭のスクリーンに登場することになる。まあ、役柄の幅の広いことったら。

上の画像は公式サイトより。

2005.10.16

将軍と猫

最後に買った少女漫画の単行本は何だっただろう。『ガラスの仮面』の30数巻あたりか……。いや、弓月光の少女漫画誌時代の作品の愛蔵版コミックスだったか……。

でも、上記はほとんど読まなくなってから買ったもので、現役で少女漫画をむさぼるように読んでいたのは、今をさかのぼること17~18年前までだ。少女漫画の世界を心底愛していたが、いつの日か絵自体が気持ち悪くて、まったく身体が受け付けなくなった。その後、少年漫画時代が来たりもしたが、まあ、今でも読めるのはギャグ漫画ぐらいなものだ。それにしても基本的に現在、漫画は読まないし、買わない。

でもまだ、白泉社のチェリッシュギャラリー(大判の再録イラスト集)なんかは大事に持っていたりするという、愛の名残り。

で、その少女漫画。このところ新聞などまで賑わしている人気作品で、気になるものがある。いや、漫画誌を見ないので、一般紙にでも取り上げられないと情報がないのだから、「今さら」な作品でも仕方ないのだが。

その1.売り切れ店続出の、よしながふみ『大奥』。

将軍さまが女性で大奥のお局様から腰元まで全てが男という設定はそりゃあ気になる……。まるでパロディ同人誌のパラレル物のようではないか。新聞も絶賛だ。あ、でもこれ、少女漫画の範疇ですか?

その2.二ノ宮知子『のだめカンタービレ』。

こちらは正真正銘の少女漫画。ただし内容は少女漫画の枠にとらわれぬものらしい。『大奥』の美麗な絵は苦手でも、のだめ…の絵は大丈夫そうだ。だが、だがしかし、10何巻も続いている漫画を全巻買ってきて置くような場所がウチにあるぐらいなら、DVDのボックスセットの欲しいものが山ほどある。台湾公視のドラマDVDだって欲しい。


で、結局多分自分にとって、読める率&購入率の高そうなのは、

ほしよりこ『きょうの猫村さん

に違いない。ああ、いいなあ、猫村さん(←少女漫画じゃないじゃん)。

すみません、ほんとに、今さらな作品えらびで……。

2005.10.15

開幕。

ついに映画祭シーズンに突入。1発目は毎年のことながら、東京国際ファンタスティック映画祭の13日の韓国映画になるはずが、仕事で行けず、2500円のチケットはパー(韓国映画とタイ映画の2本分だから高いのに!)。

で、14日、気を取り直して、再度映画祭シーズンの開幕作として見てきたのが、『トム・ヤム・クン』。こんなことを面白さの基準にするのは申し訳ないが、身体を横たえて寝ていない半徹状態3夜連続のところで発泡酒を飲みながら見たが、時折意識を失うも眠らずに済んだ快作! 面白いというより、美しかったです、アクションが。そして快作というよりは、あちこちの評価を見ると「傑作」という表現の方が正しいよう。

各種有名アクションスターによるアクション映画は、ほとんどテレビで1本ぐらいずつしか見たことがないので語る言葉を持たないが、harumama complexのharumamaさんが、さすがのレビューを書かれているのでぜひご覧いただきたい→記事。公開も決まっているが、これを読んだら、絶対見にいきたくなるはず。

アクション映画に興味のない向きにも、『アレキサンダー』のインドの戦象部隊でも大活躍の、タイの象さん(ポーヤイとコーン)と、主人公カーム(トニー・ジャー)の家族同様の強い絆が話の中核となっており、大きい象さん、小さい象さんとも、見事な演技でかわいいことこの上ないとか、敵の中華系の首領(映画中「男でも女でもない」と言われていた美女)が梅艶芳を思い出させたとか、シドニーのタイ系のおっさん刑事(マーク)がかわいいとか、いろいろと楽しみどころはある。象が、自分の飼い主が傷つけられたのに怒って、敵を追いかけて市場の群衆の中を走りまわるシーンも迫力だ。

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映画を見たら、涙腺を刺激されるトム・ヤム・クン グッズ(ファンタニュースより)。

2005.10.08

かわいい電車のぬいぐるみ

teppy10月14日は「鉄道の日」。鉄道唱歌でしか知らない新橋~横浜間の鉄道が明治5年に開通した日なのだそうだが、その「鉄道の日」を目前にした8日と9日(きょうとあす)、日比谷公園で12回目となる鉄道フェスティバルが開催されている。

で、本日はその鉄道フェスティバルの一環として、鉄道映画祭2005が行われたのだった(相変わらずの内職作業で外へ出られなかったのだが)。この鉄道映画祭では毎年、鉄道にちなんだ子ども&ファミリー向けの映画1本と、日本映画と外国映画の名作が1本ずつ、計3本が上映されているが、ことしは『ポーラー・エクスプレス』と『海峡』(1982年日本、森谷司郎監督)と『偶然』(1981年ポーランド、クシシュトフ・キェシロフスキ監督)という、なかなかに素晴らしいラインナップだった。いや、残念。

実は、きょう鉄道フェスティバル&鉄道映画祭が行われているのを知ったのは、東京都交通局の「2スピード浅草線」ポスターを見たのがきっかけだった。

2スピード浅草線」とは何か。リンクをご覧いただくとわかると思うが、東京都交通局が゜10月15日に1万個限定で発売する浅草線5300形をモデルにしたぬいぐるみの電車(西馬込行き!)で、最初はゆっくり、次第にスピードを上げて走り出すという「チョロQ」系の乗り物おもちゃである。

いや、はじめはどうも思わなかったのである。しかし、乗車待ちの間、これの販促ポスターの前に立つ機会があった。ポスターの、丸っこくて寸づまりのぬいぐるみの列車の写真につけられていた、特に驚くこともないようなコピーが自分の単純な頭を直撃した。

「かわいい電車のぬいぐるみが、最初はゆっくり、そしてビューっと走り出します」とか何とか書かれていたっけか……。この「かわいい電車のぬいぐるみ」というのが、引っかかった。

とにかく、ポスターのキャッチの「電車」という言葉の前に、「かわいい」という形容詞がついていたのが余りに新鮮で――まあ「かわいい」という修飾語は「ぬいぐるみ」にかかるのか「電車」にかかるのか「電車のぬいぐるみ」にかかるのか、正確なところはわからないが――次第に、ぬいぐるみとしては平凡なフォルムの「2スピード浅草線」のずんぐりボディが、「かわいい」気がしてきてしまったのである。

ああ、かわいい。

あんな無機物も、ぬいぐるみにすればかわいいんである。機関車に目鼻をつければ、「トーマス」と愛称もつき、愛着が湧くのと同様に(?)。

さらに自分、「かわいい○○が××します」系のフレーズには弱い(←やばいよ)。

あ、そうそう。それで、この「2スピード浅草線」が、発売日より一足早くファンの前にお目見えするのが、本日とあすの2日間開かれている「鉄道フェスティバル」なのである。「なにぃ!? かわいい浅草線5300形のぬいぐるみが、フェスティバルの東京都交通局ブースで500個限定先行発売ぃぃ?」と色めきたって調べていたら、鉄道映画祭情報に突き当たったのだった。

ちなみに、リンクした東京都交通局の「2スピード浅草線」発売記事ページの「ツーアックション」というのも、微妙にお気に入りだったりする……。


東京国際映画祭のチケットは、電話とウェブでよろよろと取った。『恋愛は狂気の沙汰だ』と『恋愛の目的』はとれなかったが(ブーム恐るべし)、あとは何とか……。わりあい好きな李康宜も出ているし、立ち読みした雑誌で見たスチール写真では『ブエノスアイレス』色をしていてなかなか雰囲気もよく、どうするか迷っていた王明台監督『恋人』は、やっぱり見ないことにした。ほかは、人気のありそうなものは取らなかったので、特に問題はない。コンペのハンガリー映画『ダラス地区』とアジアの風の『ジョニの約束』が、自分の組んだスケジュールに合わなかったのが残念。これからでも、組み換えられるかな?

(おまけ)
全く関係ないが、台湾では11月25日にいよいよ、ドイツ映画『夏の突風』が公開される。公式サイトもどんどんできてきている。公式サイトの「影音特区(Media)」のページに、今のところはまだ「――幕後花絮、電影刪減片段…等、即将公開――」と書かれているだけなのがリンクされる日が大変待ち遠しい。日本でも公開しようよ~~。

2005.10.02

断背山原作シノプシス

ap_closerange金原瑞人さんという、大学教授で翻訳家でもある方のオフィシャル・ホームページの中に、日本でまだ訳書の出ていない、いくつかの外国小説(英語作品)の要約を日本語で載せてくださっているコンテンツがある。

この中に、E・アニー・プルーの短編集2冊の要約が存在する。1つが" Close Range : Wyoming Stories "(1999年5月発行)で、もう1つは" Heart Songs and Other Stories "(1995年3月発行)。この1つめの" Close Range : Wyoming Stories "に収録されている11の短編の、最後を飾るのが "Brokeback Mountain"である。

(もともと"Brokeback Mountain"はこの短編集の中の1作であり、今現在、amazon.comなどで買える"Brokeback Mountain"単体の書籍は、恐らくは映画化をきっかけに最近発行されたものではないかと思われるが……)

金原さんのサイトでの要約は短編集の全作品を対象としているが、中で最も長い「ブロークバック山」の文章は2000字を超え、登場人物の個性にまで言及できる分量ではないが、始めから終わりまで物語がきっちり表わされている。読むと、気になっていた映画の予告映像の各々のシーンが、物語のどの辺に当たるのか、いくらかははっきりとする。E・アニー・プルーの物語は、ドラマ性よりも、全編これエピソードといった感のある様々なディティールの登場人物たちの人間味と、突き放した描写から生まれる諦念とも祈りとも言うような静けさが魅力だと思われるので、あらすじがわかろうと何ら問題はない。

一般のホームページであり、許可を得ていないのでリンクはできないが、探していただければすぐにわかると思う(※ただし当然のことながら、版権が売れた場合は削除されると断り書きがあるので、もし別の方の訳で出版されることがあれば、こちらのページの要約文は削除されてしまうだろう)。

キャラクターの外見は、映画版の俳優さんたちとはちょうど逆になっている感じがする。最初、映画での俳優の役名を知らずにあらすじを読んだら、細面のエニスと金髪くせ毛のジャックという表記にとらわれてしまい、予告編でも最も印象的なシーンの1つであるエニスがジャケットを抱きしめて泣くシーン(映画ではヒース・レジャーが演じている)がわけのわからないことになった……。後からちゃんと調べて見れば、ヒース・レジャーが演じたのがカウボーイのエニスで、ジェイク・ギレンホールが演じたのがロデオの得意な農夫のジャックだったわけで、何の不思議もない原作どおりの展開だった。

(工具・器具には全くうといもので、「タイヤレバー」がどんなものかわからず、思わず検索して調べてしまった(恥)。いや、しっかり読めば文脈から想像はつくのだが……)

短編集" Close Range : Wyoming Stories "は、サブタイトルにもあるように、ワイオミングを舞台にワイオミングの人々を描いた小説を集めたものなのだそうで、金原さんのオフィシャル・サイトのページをご覧いただくとわかるが、それはワイオミングの土地柄ということもあり、どの話もハッピーとはほど遠い、やや猟奇的でシビアなストーリーばかりだ。その中の1つとして、「こんな人間たちもいましたよ。こんな人生もありましたよ」と差し出されたのが"Brokeback Mountain"なのである。成功者は出てこない、普通の人たち――普通とはつまり、それなりにずるがしこく、それなりにだめで、それなりに運の悪い人たち――と、そして普通以上にだめな人たちと、普通以上に不運な人たち――そんな人たちばかりが登場するE・アニー・プルーの小説の中の、1つとして……。 

ちなみに、ワイオミング(の人々)を描いた短編集の2冊目" Bad Dirt : Wyoming Stories 2 "も、既に2004年11月に発行されている。

(『シッピング・ニュース』の感想もいつか書いてみたいと思う)

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