« ヨーロッパは難しい | トップページ | 聖稜的星光など »

2005.06.27

木星のボビー、火星のクラウス

nomi01ドイツ映画祭で毎回予告を見せられ、すっかり洗脳されてしまった『ノミ・ソング』を見た。

クラウス・ノミは、70~80年代ニューヨークのクラブ・カルチャーから世界的にブレイクしたニューウェーブ系のミュージック・パフォーマー(って言う?)で、元々はオペラ歌手になりたくてベルリンでクラシックの音楽修行を積んだドイツの人。地声のとぼけたテクノ・ポップ風の曲調とファルセットで歌い上げるオペラ(のアリア)風の曲調を合体した彼の音楽は、そのあたりの時代を通過した人なら、日本人でもどこかで聞き覚えがあるはず。活躍した当時は、日本のCMや雑誌にも登場した。上に貼ったアルバム・ジャケット写真でもわかる通り、その音楽とともに、独特のメイク&コスチューム、小柄な体型、そして振り付けから表現される宇宙人的キャラクターのインパクトによって観客を魅了した。

『ノミ・ソング』は、50年代の典型的SF映画を冒頭と締めくくりに用い、当時の彼のライブ映像と彼に縁の人々の現在のインタビュー映像を織り交ぜながら、謎に包まれたキャラクターはそのままに、「一番最初にエイズで死んだ男」の半生を真摯に描いたドキュメンタリー映画で、2004年のベルリン国際映画祭のテディ賞(ゲイ・ドキュメンタリー部門)を受賞している。

宇宙人的なキャラクターと「時代よりも早すぎた」と言われるパフォーマンスに引っ掛けて、古いモノクロSF映画のUFOの着陸シーンの後に登場し、ラストは同じSF映画の宇宙人がUFOに乗って帰っていくシーンで終わる。特に何ら特別なアイディアはないし、クリエイティブなナレーションが入るわけでもなく、彼の内面を深く掘り下げたりもしていないので、ドキュメンタリーとして物足りないという声もあるようだが、残存する本物のクラウス・ノミの映像と、非常に率直な関係者のインタビューのみによって、彼のパフォーマンスと彼をとりまく人々と時代の空気がコンパクトに伝えられていると思う。

ニューヨークのクラブ、音楽、80年代、エイズというキーワードが並ぶと、思い起こさないわけにはいかないのが、我らがジョナサンとボビー&クレアだ。正確にはノミの活躍した時代は少し早いかもしれないが、ジョナサンたちがニューヨークで過ごした時代とほぼかぶっている。ライブ映像を見ながら、ヘンダーソン一家も、こんな最先端の、ある意味キワモノ的なライブ・ショーを見にいっただろうか、と想像をめぐらせていた。

そう、ボビーは木星から送られてきたようだとクレアが言っていたが、クラウス・ノミという、やはり深い孤独とともに生きたこの主人公の方も、どうやら火星からやってきたらしい。

関係者の語るクラウス・ノミの思い出の中で印象的なものの1つが、ニューヨークのライブに妻と幼い娘を伴って出かけた記者の話である。ステージで喝采を受けたノミにはしかし、ステージを降りると声をかける者がいない。そこへ、記者が連れてきていた彼の娘、まだ6歳の無邪気な少女が話しかけた。「あなたは宇宙から来たの?」と。ノミは「そうだよ」と答えたそうだ。そして静かな対話が繰り広げられた。「火星はどう?」「お天気は?」と。記者はその様子を「老女2人の会話のようだった」と例えた。

語り手が、童女と不思議な歌い手の男の会話を、老女2人の……と例えたところで、ふたたびカニンガム作品の比喩を思い出した。

もう1人の印象的な証言者は、彼の最愛のおば(叔母だったか伯母だったか忘れた)。彼女に限ってはインタビュー映像ではなく声だけの出演で、音声とともに、彼女の写真を人型に切り抜いたものを、そこに居るがごとくに映しているというユーモラスな演出。彼女はいくつかのエピソードを語るのだが、中でもクラウス・ノミがニューヨークで成功して、ドイツのテレビ番組で歌ったのを見たときの感想が面白い。もちろん、そのテレビ番組の映像も登場する。番組中ではノミは堂々のスター扱いで、ちょっとした凱旋公演といったところだ。だが、知人と放送を見ていたおばにとって、クラウスは「子どものころから歌好きの古典を志していた青年」であるわけで、奇矯な衣装と振り付けで歌うオペラもどきのヘンな歌は、いくら有名になったとはいえ理解の外だったのか、こんなことをしているのはきっと「生活のため」なのだろう、と話し合ったという。

証言者たちは、クラウス・ノミのプライベートについても、正直に語っている。ゲイのハッテン場での話や、発病してから(当時まだエイズに関する知識がなかったため)怖くて触れられなかった話、彼の得意だったお菓子作りにまつわるエピソードなど……。

しかしこの映画の魅力は、こんなことを言ったら元も子もないが、ただただクラウス・ノミのライブ映像、心に染みる歌とユニークなビジュアルからなるパフォーマンスの魅力によるところが大きい。彼の歌をずっと聴いていたいし、彼のライブ(映像)をずっと見ていたい。監督には申し訳ないが、きっぱりその思いだけだ。

大して状態の良いわけでもない映像でも、これだけ見せてしまうのだから、その生のステージのバワーはいかほどのものだったろう。今聴いても、まったく古臭さなど感じない声。オペラ歌手の歌うポピュラーソングなど、大仰さが鼻についてたまらないものだが、彼の力強く、しかし押し付けがましさのまったくない歌声は、素直に聴衆の心を揺さぶる。そんな「基本」を押さえた上でやってくる、テクノ・ポップの当然のヘンテコさとの落差と、ビジュアルの摩訶不思議さは、たまらなく心地よい。レコード会社との軋轢もいろいろあったわけで、「早すぎた」という評価には、心から同意する。

ニューヨークで認められニューヨークで亡くなった彼の半生を描いた映画がドイツ映画だということが、ほっとするような悲しいような、複雑な気持ちにさせられた。

« ヨーロッパは難しい | トップページ | 聖稜的星光など »

コメント

Saturnian(サチュルニアン)さん、初めまして。

土星からありがとうございます!宇宙人つながりで、こんなところにまでコメントいただき恐縮です。土星はいかがですか? 梅雨のぐあいは? (笑)  

「心のキャンディ」、興味深い記事でした。私も、自分にとって心地よい語感を持つ固有名詞があると、意味もなく、繰り返しつぶやいたりします。過去最大の固有名詞は、当時まだ書記長にもなる前の、ニュースに名前の出始めた「ミハイル・ゴルバチョフ」でしょうね。何度も「ゴルバチョフ」「ゴルバチョフ」と、彼がどんな人か、どんな顔かも知らずに、繰り返していた記憶があります。あとは人名なら、スピードスケートの「グンダ・ニーマン・シュテルネマン」あたりでしょうか? 

石公さん、こんにちは。
ワタシは映画(だけではないが)には疎くて、石公さんの記事からは学ぶことばかりですが、火星やら木星やらでひとつ思い出したのは、『レナードの朝』の原作者オリヴァー・サックスに 『火星の人類学者』(早川文庫) という著作があって、これがなかなかおもしろくて、紹介記事を書いたことがあります。
http://www.saturniancafe.com/memorandum/archives/2004/11/07_0152.php
場違いなコメントになりましたが、土星までお越しいただいたお礼に代えて。

ウーさん、こんばんわ。コメント感謝です。

映画を見て以来、仕事中もずっとノミの歌声が頭中にこだましています。たぶんそう遠くないうちに、アルバムを買いそうな勢いです、テネイシャスDと共に(笑)。映画も各地で上映されるといいのにな~。

しかし! そうですか、レトちんのバンドの名前って音楽的ポリシーを表わすものだったんですか。もっとふざけたものだと思ってた(←失礼な!)。確かに、壊れた人格はもちろんのこと、あのお目々も宇宙人っぽいといえばそんな気が……。

昔、私の父親が「コーラス(合唱)をやっている人は、宇宙人みたいな人が多い」と言っていたことを、ふと思い出しました(←だから何なんだよ)。

 毎度どうも、こんばんは。
 ここんところの気合いの入った濃いレビュー、毎回わくわくしながら読んでます。でも、読むほどに置いてけぼり食らって取り残されそうになるので、楽しみつつも必死です。ゼエゼエ。
 以前、地元映画館では、すっかり忘れた頃に「テルミン」を上映してくれたので、もしかしたら「ノミ・ソング」もいつの日か上映してくれるのではないかと、かすかな希望を持ち続けることにしております。宇宙(テルミンの音は宇宙のイメージがする←と、刷り込まれてきたんだろうけど)&ドキュメンタリーつながりで。
 そういや、ぜんぜん関係ありませんが、かの(笑)ヘファイスティオンを熱演したジャレッド・レトのバンド名は「火星まで30秒」でしたねえ。宇宙的テイストのサウンドを意識しているようですが、サウンドよりも、本人こそ宇宙人じゃねえかと思うことがしばしば。
 
 我々がヨーロッパをわからないのと同じように、ヨーロッパの人々にとっても、アジアはとてつもない謎なんだろうよ、きっと……

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9120/4725316

この記事へのトラックバック一覧です: 木星のボビー、火星のクラウス:

» 『ノミ・ソング』 [映画と文庫とMDと]
渋谷・シアターイメージフォーラムにて、アンドリュー・ホーン監督。 ベルリン生まれのクラウス・ノミはニュー・ヨークに渡り、白塗りのメイクと、ロックバンドをバックにオペラを歌うという異形ぶりでカルト的な人気を博した。 しかしAIDSが“ゲイの癌”として忌み嫌われていた80年代初頭、著名人第1号患者として誹謗中傷にさらされるなか非業の死を遂げた… 宇宙人、両性具有、奇妙なタキシード…過剰な自己演出の裏には、た�... [続きを読む]

» ノミ・ソング [あ~るの日記@ココログ]
映画『ノミ・ソング』を観た。1980年代初頭に活躍したミュージシャン、クラウス・ノミのアーティストとしての生涯を描いたドキュメンタリーだ。彼を知る人々のインタビューと、当時の貴重な映像をふんだんに使って構成しているが、本当のクラウス・ノミの事は最後までわからなかった。同性愛者で、最後はエイズで亡くなったことでも知られている。今は、天国でマリア・カラスと共に歌っているだろうか... オフィシャルサイト... [続きを読む]

» カルト芸人一代記 [筒抜本通り]
 イメージフォーラムで、アンドリュー・ホーン監督『ノミ・ソング』、クラウス・ノミの伝記映画を観てきました。ユーロスペースの『オーギュスタン恋々風塵』と迷いつつ、こちらの方が週末らしく派手でいいんじゃないかと軽い気持ちで選びました。  ライヴやプロモ、楽屋風..... [続きを読む]

« ヨーロッパは難しい | トップページ | 聖稜的星光など »