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2005.05.09

Be Reasonable…

「失敗作」とのアメリカのお墨付きを受けて公開された『アレキサンダー』の日本での感想は、腐ってもハリウッド大作なだけはあり、自分が普段見ている、市場の小さな映画とは違って、見ようと思わずとも何となく目に飛びこんでくることが多かったから、まあ、どんな感じかは知ってはいた。

今さらながら、改めて『アレキサンダー』評をウェブ上で拾って見ていたのだが、いやあ、映画の国アメリカ本国での大コケ、酷評という「錦の御旗」は強いねえ。プロからド素人様にいたるまで、大船に乗ったつもりで「失敗作」「駄作」と安心してお書きくださっている素晴らしい方の多いこと(!)。好き嫌いを言うならともかく、『アレキサンダー』レベルの作品に対して、本来なら、自分の鑑賞能力や、下手をすれば人間性まで裸にされてしまう価値判断をいとも簡単に出来てしまうのは、アメリカでの「実績」に後押しされてのことなのだろうと、つくづく感じた。

国内の『アレキサンダー』評を見ていたのは、しかしそれ自体が目的ではなく、アメリカでの大コケの原因の何かヒントになるものが、日本語で読めないかと思ったからだ。やたらとあちこちで言われている、「WASPの偶像・アレクサンドロス大王をバイセクシュアルとして描き出したこと」だけが大コケの原因ではなかろう、と思って。

真偽のほどは判断し得ないが、考察として面白いものを2つばかり見つけた。最新記事ではないので、関心を持っていれば、とっくにご存知の方も多いだろうが。

(1)映画”アレキサンダー”-なぜアメリカで不評だったか-
  (MBAキーワード広告社長日記) 2005年3月8日付

記事中では、理由の1つとして、オリバー・ストーン作品中のアレキサンダー像が、アメリカ人の理想像としてのアレキサンダー、つまり東洋の(野蛮な)国々を打ち破り滅ぼす英雄というよりは、現地人との融和を図るコスモポリタンという点に重点を置いて描かれている点が挙げられている。また、もう1点として、アレキサンダーのエゴイスティックなまでの未知の領域への前進への意欲が強調されたことで、民主的なギリシャ社会の影響下にあるマケドニアの王が独裁者のようなイメージを抱かせたということも挙げられている。つまりアレキサンダーが、今のアメリカ人にとって、アメリカの"敵"寄りの思想を持ち、"敵"の首領のような振る舞いをする人間に見えたのではないか、と。

(前略)”プラトーン”、”7月4日に生まれて”など過去にも反戦映画を発表してきたストーン監督が描いたとなると、この映画はオリエンタル世界とオクシデンタル世界との融合を示唆してると解釈できよう。ブッシュ政権の対オリエンタル(アフガニスタン、イラン、イラク)強攻策への明確な否定に他ならない。(記事中より引用)
書かれた方はこのようにまとめておられる。だが、個人的な映画としての評価では○をつけてくださっている♪
娯楽大作としても、現在のアメリカを知る上でも、そしてアレキサンダーという歴史上でも屈指のコスモポリタン(今から2300年も前のギリシャ人と野蛮人の二つしかないと本当に信じていたギリシャ人が黒人の女性を妻に娶ることなど、当時の常識を逸脱している)の人生をたどるという意味でも、間違いなくおススメの大作である。(記事中より引用)

"歴史上でも屈指のコスモポリタン"というのは、胸のすかっとする論評である。アレクサンドロス像に関してどうしても、"軍を率いて他国を侵略した"というイメージが先行する自分には、眩しく嬉しく有難い言葉だ(笑)。


(2)受け入れがたい?“ゲイのアレクサンダー”
  (西森マリーのUSA通信)
  地球人ネットワークを創る総合サイト「SPACE ALC スペースアルク」より

ここでは、批評家による評価が悪かったこと、選挙後というタイミングの悪さの2つが挙げられているが、特筆すべきは、右派層によるホモフォビックな評判の連鎖ということだけでなく、逆にリベラル層の批評家による酷評="アレクサンダーがゲイであることにしっかり言及しなかった"ことだと筆者が書いている点だ。

「アレクサンダーのホモセクシュアリティの描き方が中途半端」という批判が、リベラルなオーディエンスを遠ざけたのは当然のことで、ストーン監督のコアなファンたちまでもが「911以降急速に保守化したアメリカにオリバー・ストーンが媚びたのでは?」と監督のインテグリティを疑う始末。(記事中より引用)
とのこと。
つまり、この映画はターゲット・オーディエンスである歴史モノに興味のあるインテリ層とsword-and-sandal epic(『トロイ』『グラディエイター』などの古代の白人のヒーローを描いたアクション映画)が好きな層の両方を失ってしまった、というわけなのです。(記事中より引用)

タイトルは「受け入れがたい?“ゲイのアレクサンダー”」とされているが、"ゲイだか何だかはっきりしないアレクサンダー"も受け入れられなかったというわけだ。日本人なんかは、このあいまいさは好きな人が多いと思うが。詳細はリンクの原文を読まれたい。

あいまいなアレクサンドロス像ということでは、セクシュアリティではなく、母への思いのアンビバレンツさがアメリカでは受け入れられなかったのではないかとするこちらの解釈も、面白いと思う。

ここまでいろいろと考えさせちゃう作品ってのも、芸術性とはまた別の意味で、非常に作家性の高い映画であるってことなんだろう。で、作家性の高さ自体に価値があるかどうかは、これまた別の話(きちんと伝わってなきゃ、意味ないもんね)。

【おまけ】
オリバー・ストーン版『アレキサンダー』が「アメリカではこけたがヨーロッパでは理解されてるよ」という一般的見解(というか制作関係者とファンの祈り)を一気に覆す記事があった。確かにイタリアあたりではかなりなヒットだというし、ほかにもヨーロッパ諸国では初登場1位という国が大分あった気がする(←気がするだけか?)。南米はどうだ? だがとにかく、こちらの日本語サイトで訳して下さっているフランス、ル・モンド紙の『アレキサンダー』評(前編後編)(言語生活より"Le Mondeの映画評の仏語抄訳")は、もう面白いぐらいに"けちょんけちょん"である。批判の魔の手が、今だ生まれてもいないバズ・ラーマン版にまで及んでいるのを読むと、いっそ思わずほくそ笑んでみたりして……(爆)。まあ、映画評など、多少の地域性はあるにせよ、圧倒的に個人差の方が大きいのだろう。日本語訳、ありがとうございます! そうか~、映画ではフィリッポスも少年アレキサンダーもアイルランド訛りでしゃべってるのか~!

何でこんなことが気になったかといえば、このところたまに見かける『アレキサンダー』がらみの(映画・俳優・アレクサンドロス大王)ファンの盲信的態度に、「それはどうかな」と思う気持ちがじんわりと湧いてきたからで……。そりゃあ、映画『アレキサンダー』にも、アレクサンドロス大王にも、コリン・ファレルにも、今の自分はすっかり惚れまくっているが、この映画は至高の作品でない、しかし素晴らしさも欠点もある魅力的な映画であると思っているし、それは大王についても、俳優についても同様。

映画についても、ちゃんと外側からの見方を頭に入れておいた方が、ファンとしてスマートな態度なんじゃないかな、と偉そうに感じた次第デス(←大きなお世話だよ)。

ああ、それにしても、のっけから評判の良さそうな『キングダム・オブ・ヘブン』、うらやましすぎ(笑)。


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コメント

fijiさん、はじめまして。おいでいただきありがとうございました。

> 3時間の大作をじっくり見る我慢強さがない

それはおっしゃる通りかもしれません。でもまあ、見る前から上映時間は3時間だってわかっているわけだし、オリバー・ストーンの作風だって有名なわけだし、むしろ映画を見るかどうかを決めるときに、(配給会社の宣伝にばかり影響され)「自分に合った映画」かどうかを見分ける目がないだけじゃないか……という気もするのですが。合わない映画を、長時間、金払って見るのは誰でも苦痛です。マニアか被虐趣味のある人じゃない限りは。

「サイドウェイ」は、私にはあまり酷評が見つけられなかったのですが……。見たかったですが、未見なので言及できず。

韓流と呼ばれ、韓国物のブームが続いていますが、韓流の"精華"はテレビドラマではなくて映画です。韓国映画の質的なピークはもう越えたという見方もありますが、例えば「殺人の追憶」という素晴らしい作品は韓国では大ヒットしましたが、日本では芳しい成績ではありませんでした。日本での韓国映画最大のヒット作は、誰も予想だにしなかった「僕の彼女を紹介します」というラブコメです。ラブコメだから価値が低いとか、そんなことを言うつもりはありませんが、日本の観客が映画に何を求めているか、このあたりから推測できるかもしれません。

映画雑誌などでは、日本の映画業界に、観客を育てていこうというビジョンのないことが、問題視されたりもしています。(それなりに見る目を持った)観客を育てていかないと、本質的な映画産業の隆盛は見込めないだろう、という意味で……。

トラックバックしていただいた記事中にあった、「プロジェクトX」の件ですが、先達の努力への敬意や、そこから何かを学びとることが大切であることは理解できるつもりですが、しかし、あの番組の演出に関して言えば、あれは一種のお笑い番組だと私は考えています(笑)。fujiさんが記事中でおっしゃっているとおり、真に受けてしまうのは、メディア・リテラシーなど何するものぞと、テレビが魔法のハコだった世代だけ(←俺だよ)でありましょう(笑)。


shitoさん、いつもありがとうございます。

貴女の映画評はいつも最高ですよ~。私などは足元にも及びません。こちらこそ楽しみに読ませていただいてます。書き手or鑑賞者としてのクールな反骨精神と、熱さ(実はとってもホットですよね)、愛しております。

オリバー・ストーン作品については、過去にテレビ放映を適当に見た程度のものなので何も言えるべき立場ではなく、しかし映画「アレキサンダー」のファンとして、アレクサンドロスに関する史実とコリン・ファレル映画だけで物を言うのは浅はかに過ぎようと最近ず~っと考えておりまして、本日やっと、DVDを少し買ってきたところです(←レンタルだと見ないので、いつも買ってしまいます、故に貧乏(涙))。

私は情念よりは観念の人間で、理屈へ理屈大好きなので、たぶんオリバー・ストーン作品は大丈夫なんじゃないかと思います(って、監督に対して失礼か?)。

「アレキサンダー」の、映画としての欠点の1つとしてよく挙げらていれる「プトレマイオスの語り部分の多さ」は、確かに理解できます。映像で見せていく映画も大好きですが、私個人の単なる好みとして、言葉(を用いた説明)が大好きなのでプトレマイオスの語りはむしろ、映画中でも好きな部分でありました。

いや、「アレキサンダー」は小粒(!)に輝く佳作として、あるいは古代の英雄を描いた(描いていない)問題作として、ひっそりと永く残っていく作品だと信じていますよ。

> 確かに粗も無駄もあるけど、監督やキャスト、スタッフの意気・熱意は存分にスクリーンから感じるし、むしろそこを買いたい、と思っているわけですね。ただし、このような見方は批評的とは言えないことも十分承知しております。好き嫌いの範疇ですから。

映画について観客が言えることは、所詮、好き嫌いの範疇ですし、それでいいのだと思っています。その認識を欠いて(一観客が)何か言おうとするなら、それは身の程知らずではないか、というのは言葉が過ぎるでしょうか。

石公さん、こんばんわ。このところアレキサンダー及びコリン・ファレル関係の記事、ますます充実なさってますね。毎回、勉強も兼ねて(師姐とお呼びしたいです(笑))楽しく拝読させて頂いてます。

さて、私個人はどうも「世評がパックリ分かれるタイプの映画」が好きで、たいていの方がつまんな~いとかダメ映画だね、と言ってるモノをとりわけ「いや、コレはあり!好きだよ!」と支持する物好き(へそ曲り体質)なので^^;; 今回のアレキサンダーも似たようなもんかなあ、とあまり深く考えてはいなかったです。とりあえず米国に関しては、ホモフォビアというのは相当強い要素かな、とは思いましたが・・・。
あと、ヒーローと思われている(西洋的価値観において)歴史上の人物の、ヒーロー的側面を殆ど描いていないことも要因としては大きいのかなあ、とか。

それと、コレは違うかもしれませんが、オリバー・ストーンという監督自体が、あまり「趣味のいい」「インテリ」な人には好かれてない、というか、むしろ嫌われているような気もします^^;; 彼の作品のDVDなどを一通り観ましたが、映画以上に本人のキャラがクドいしでしゃばりだし(笑)もちろん強烈に反骨の人ではあるのだけど、同時に山師根性(活動屋魂というか)も並々ならぬものがあるので、彼の本意ではないようなことも様々に勘繰られたり誤解されやすいタイプだろうなあ・・・と思うんですよね。
そういう意味では正しく『アレキサンダー』は彼そのもの、な映画ではあります。

また、主演のコリン自体もいろいろとゴシップ等で話題の多い人だから、俳優本人に対する観客の偏見・先入観というのも結構影響があるのかもしれないですね^^;; (コリンじゃないですけど、某俳優のファンをやってて、実に多くの人が負のバイアスのかかった見方でしか彼を評価せず、理不尽に思ったことがあるので・・・)

私は『アレキサンダー』に関しては、完璧であるとかストーン作品としても傑作、とかは思ってはいません。自分のブログにも書いたのですが、ストーン作品として、また似たような題材のものなら『Nixon』こそが傑作だと思ってますし。
ただ、確かに粗も無駄もあるけど、監督やキャスト、スタッフの意気・熱意は存分にスクリーンから感じるし、むしろそこを買いたい、と思っているわけですね。ただし、このような見方は批評的とは言えないことも十分承知しております。好き嫌いの範疇ですから。

けれど、公開時の評価が映画の価値の全てではありません。時を経れば、また違った見方・評価が出てくるかもしれません。私はかすかに「その時」に期待したいなあ、と思っています。

・・・以上、コメントにしては長過ぎで恐縮ですが、映画『アレキサンダー』の一ファンとしての意見表明(?)でした。ではまた!

TBありがとうございます。MBAキーワード広告の藤野です。実は事情があってつい最近まで私のブログはクロールされなかったのであまり読んだ人がいないと思います。僕もいろいろ他のをみてみましたが、おっしゃるとおり酷評が多かったです。ただし理由はアメリカでの評価が悪いとかではなく、3時間の大作をじっくり見る我慢強さがないように感じました。なぜならアメリカで最高の評価のサイドウェイズはさらに酷評されているからです。その記事TBしますのでお暇なときにでも読んでください。

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