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2005.04.30

デモーニッシュ【dämonisch】

アジア映画ファンならおなじみの"YesAsia"で『アレキサンダー』香港版DVDの発売情報を見て以来ずっと悩みつづけてきたが、ついに迷いを吹っ切りもとい血迷い、29日の明け方に発注をかけてしまった(うーん、やはり明け方がいかんのだな。明け方まで起きているのが。明け方こそが通販の"逢魔が時"なのだな)。

さて、読み流し状態ではあるものの、今までに買いためた大王関係の本を、合間に別の本をはさみつつ徐々に読んでいる(別の本を間に入れないと、いくら中毒患者とはいえさすがに、同じ登場人物、同じ人生では、いかに書き方が違っても飽きる&混乱するから)。そんな中で、何となく思うことがある。

(オリバー・ストーンの)映画で、クレイトス殺害後に衝撃と悔恨のあまり自室(テント)にこもってしまうアレクサンドロスが描かれていた。インドにおいては、士気の下がりきったマケドニア軍の面前で、ただもう"Go East"しか頭にない王の空回りの演説に向けて次々と飛ばされるヤジに激昂した王が、兵の中へ飛び込み乱闘する場面があった。戦象部隊を相手取った戦さの後に初めて姿を現した手負いの王を、兵たちが大喝采で迎える場面もあった。

ないのは、怒りのあまり自室に引きこもった王に、兵たちが許しを請う場面か。……って何のことかと言うと、映画では"天岩戸"はクレイトス事件後の一度しか出てこないが、どうやらアレクサンドロスは、マケドニア軍兵士との間で、何度かそういうことをやらかしているらしいのだ。いや刺殺の方ではなくて、「ショックや怒りで部屋に入ったきり出てこない」という方を……。

インドの地で、遠征の目的を失い、ひたすら帰りたいマケドニア軍兵士を前にした演説が徒労に終わったあと、(映画では、インドの場面は史実の幾つかのエピソードを混ぜ合わせているため、すぐに反対派の粛清と最後の戦闘シーンに移るが、史書などでは)王は3日間引きこもったという。そして総合的な状況から王が折れる形となり、長い遠征からの帰還が始まる。その後にも、ペルシャをはじめ東方の異民族に比べて自分たちは軽んじられていると感じてきたマケドニア兵とアレクサンドロスとの間で(映画のインドでの乱闘シーンのような)衝突が起こり、やはり王は3日間引きこもっている(いつも「3日」なのは、「白髪三千丈」みたいなレトリックなのか)。このときは、マケドニア兵たちの方が王の宿舎前に参じて許しと憐れみを請い、出てきた王と互いに涙を流し合って元のサヤに納まったという。

映画の中で、2つの異なる馬上の行進の場面に各々かぶって入る、きっと誰もが覚えているであろう印象的なナレーションがある。まず前半の見せ場であるガウガメラの戦いの後の、バビロン入城の際の「アレキサンダーは全ての人々から愛された」というのが1つ。そして、後半の見せ場であるインドのポロス王の象たちとの戦いの前の、「アレキサンダーはもはや誰からも愛されていなかった」というのがもう1つ。この2つは、東征の評価という意味でも、アレクサンドロスの人生を語る上でも、前半と後半の明暗をくっきりと際立たせていて面白い。

彼を愛し、愛さなくなった「すべての人」とは、映画の中ではアレクサンドロスを取り巻く同胞も異民族もすべてひっくるめた"ALL"を指すだろう。だが、焦点を「すべての人」からマケドニア軍に絞ってみると、ガウガメラの勝利前後を頂点に王への信頼が徐々にゆらぎ、政策とも嗜好とも言える王の東方への傾倒が深まるにつれ、それをマケドニアへの背信だとする空気が濃くなっていくさまは、まるで恋人たちの蜜月から別離までの愛憎の年月を見ているように思えてくる。

いや、マケドニア軍と王との間には「別離」など訪れない。王が死の床にあるまで、兵たちの多くが王を愛し続けた。映画でも、インドの乱闘騒ぎの後それでも行軍を続ける重苦しい映像を見たときには、「何だかんだ言って、あれだけ騒いでおいて、結局ついて行くんじゃん、おまいら」とでもいいたくなるような、"口あんぐり"な気持ちを抑えがたかったし。王とマケドニア兵たちは、駆け引きを繰り返す恋の手だれのごとく押してみたり引いてみたり、「一生やってろ」と言いたくなるような、1対Nの腐れ縁カップルであり続けるのだ。

映画のガウガメラの戦いの前に、王がマケドニア軍を前に、何人かの個々の兵の名を呼び、それぞれの生い立ちや過去の実績にふさわしい言葉をかけて彼らを鼓舞する場面は、実際にアレクサンドロスが行ったことだという。王はマケドニア軍のほとんどの兵士の名前を知っていたとすら書いてある本もある(映画中、檄を飛ばすシーンだけではなく、ガウガメラの戦いの直後の、グラウコスの死の場面などからも、王と兵との1対1の距離の近さがうかがえる。「俺の」呼ばわりするのはヘファイスティオンだけじゃない。「名前は?」と尋ねられ、「グラウコス」という名のあとに"My King"ってつけてたもんね。"Your Majesty"じゃなく。あ、でも彼はイリュリア人か(まあ、いいか←よくない))。「王たるものは、部下に命じたことは、自分でもできなければならない」という教育(→映画の少年時代の場面)を受けた彼は、文字どおり全軍の先頭をきって戦い、皆と同様に手傷を負いながら、部下との間に強固な信頼関係を築いた。(などと、偉そうに断言してみるが、2300年も前の何が真実かは誰にもわからない。ここに書いていることは、研究者や作家の解釈のごくごく付け焼刃な鵜呑み&受け売りに過ぎない、無論)

映画の中では、上層部を集めての軍議の場面がしばしば見られ、当初は王と側近たちがほとんど対等の言葉で意見を戦わすのが新鮮だった。それはもちろん、ギリシャの民主主義をベースとしたものなのだろうが、側近たちにだけにとどまらず、マケドニア軍は心理的には全員が王とマブダチ状態(広義のヘタイロイ)である。マケドニア軍こそが、父王フィリッポスがアレクサンドロスに残した最大の遺産だと、どこかに書かれてあったっけ(←どこだよ)。そういう近しい心情の上に、軍事的天才といわれるアレクサンドロスのカリスマが加わったら、まあ、ああいうこと(="インクレディブル!"な長期遠征)にもなるか。

森谷公俊氏の『アレクサンドロス大王-「世界征服者」の虚像と実像』(講談社選書メチエ)中にも引用された、大牟田章氏のアレクサンドロス評、これは凄い。大牟田章氏は、概説としてアレクサンドロスに対する評価の変遷を示す中で、第二次世界大戦後には征服者としてのアレクサンドロスをヒトラーと重ねる解釈も生まれたことを記すときに、アレクサンドロスの内的な力を「デモーニッシュ」(ドイツ語=「悪魔的な」)という言葉で形容し、その後の文章に「魔的」という言葉で引き継いでいる(以下の引用参照)。

――(前略)――味方も、敵でさえも、出会ったものすべてのものを、その引力圏に引き込み、近づくあらゆるものに、自分と同質の磁性を与えずにはおかない。これはたしかに、抵抗し難い一種の「魔力」というべきものだった。「人間的魅力」などという生ぬるい表現では、とうてい尽くせない、それはある種の無気味さをすらたたえた「魔力」であった。
 私が、アレクサンドロス東征についてのいろいろな史料を、幾度読みかえしてみても、ついに私の理解を超えるのは、このアレクサンドロスの、「魔的な」としかいいようのない、力というか、性格であり、またかれの、その「魔法の采配」のもとに幾万の兵士たちが、「ただ黙々と」艱難苦闘の10年間をつき従ったという、その事実なのだ――(後略)――大牟田章著『アレクサンドロス大王 「世界」をめざした巨大な情念』の「はしがき」より引用

ということで、アレクサンドロスの東征とは、ある意味、マケドニア軍との愛の日々であったのか~と思う今日この頃の自分である。しかし何で、こんな戦争好きのキナくさい人の本ばっかり読んでいるのだろう。まさにデモーニッシュだ(←んな一言で片付けていいのか)。 
 
※内容に間違いがありましたら、ご指摘いただけると有難いです。

2005.04.29

「今年は探偵モノの年」

jq44左は(わかります? わかる?)、なんと金勤クンである。「まだクランクアップしていなかったのか」の范植偉主演《偵探物語》に、范植偉に敵対する悪役(これまた探偵)としてゲスト出演した際の写真らしい→記事。まさに漫画という感じだが、まあ楽しそうだし、いいか。金勤クンは今年、大学(演劇系)の《影痴謀殺》という卒業制作劇でも、連続殺人犯を追う刑事の役を演じたそうで、「今年は探偵の年」だと言っているらしい。卒業となると、いよいよ俳優稼業に専念というわけかな。この人は常に"化け"て、見るものを楽しませてくれるので、これからが本当に楽しみである。

yyn41ついでに、祝日のご祝儀なのか(あ、中華圏はまだGWではないのか?)、祐祐の姿もあり→記事。いや~、たまには見にいってみるものだね、聯合網。

で、全く関係ないが、台湾での『キングダム・オブ・ヘブン』の公開タイトルは"王者天下"。これでは十字軍じゃなくて、何だか、豊臣秀吉なんかが出てきそうである。美しいオーリー様(←いや、全く興味ありません、自分)の画像の上にポーンと"王者天下"の文字が浮かんでいるのを見たら、その見慣れなさに、思わず笑ってしまった。で、『アレキサンダー』の方は、中華圏では"亞歴山大帝"とか"亞歴山大大帝"という表記で公開されていたようだ。オリバー・ストーンはインタビューの中で、そのタイトルに関して"The Great(大王)"のつかない"Alexander"であることを強調していたことがあった気がするのだが(←記憶がおぼろげ)、いいのか"大王"なんてつけちゃって? 監督意図はどうなるのか? ……ってやっぱり漢字で"亞歴山大"では、見た目のしまりがない?

うららかな日和とは裏腹に、世相が余りに暗いので、若者たちの画像は嬉しいデス。

2005.04.25

社長との再会

23日(土)に韓流シネマフェスティバルで、一昨年の東京フィルメックス以来の『地球を守れ!』を見る。この映画は、「お前が今までに見た韓国映画のベスト5を挙げよ」と言われたら、絶対その中に入るだろう作品だ。もしラストに、監督の希望どおりソン・ガンホが出ていたら、ベスト3に入っていたかもしれない。記事のタイトルは、初めて見たとき以来の、シン・ハギュン演じるビヨングに異星人と目されて誘拐される製薬会社社長(ペク・ユンシク)のファンとして言葉である(笑)。

今回も、この作品がトンデモ映画としての最高峰を極めているのを実感したが、映画として純粋に立派に面白いこともよ~くわかった。全編ほとんどラメパンツ一丁かフリルのミニワンピースで熱演する濃い顔の社長はもちろんのこと、鬱でオタクで心優しいいじめられっ子だが地球を守る信念にとりつかれた拷問男という複雑なヒーローを演じるシン・ハギュンも、映画中の紅一点として心温まる場面を受け持つ夢見る太めのサーカス少女のスニ(ファン・ジョンミン)も、今は組織の隅に追いやられているが独特の哲学を持つ伝説のチュ刑事を演じたイ・ジェヨンも皆、それぞれに違った人間味のあるキャラクターで、彼らが登場するだけでも面白いのに、緊張感のみなぎるとてつもないストーリーに則って映画が進んでいくのだから、引き込まれないわけがない(←人に対する修飾語、長すぎ)。しかもその本質には"恨"が横たわる。そして、その"恨"に対するあっとおどろく"照れ隠し"の大仕掛けが観客を圧倒する。かっこよすぎ。

作風は全く違うし、監督はそう思って作ったわけではないだろうけれども、これまたトンデモ映画である『バンジージャンプする』同様の、パワーで押し切る韓国エンタテイメントの傑作の1つだと信じる。

作中登場する「地球」という名のけむくじゃらの犬が、怪しく可愛いこの映画の空気を代弁しているようだ。

2005.04.19

たらこキューピー

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大メジャーではあるが、「キューピーパスタソースたらこ」のCMに出てくる「たらこキューピー」はかわいい。キューピーのサイトには、「たらこキューピー行進篇」と「たらこキューピー回転篇」の2作のCMの動画や解説を含んだページがある。

この「たらこキューピー」、身長21センチ、体重450グラムだそうで、たらこのボディにキューピーの面がついている。ちょっと見、サンリオキャラのマイメロディのような楚々とした可愛さかと思わせておいて、実は初期の胎児のような不気味さをもっており、たいへんよろしい(by B・ジョーンズ)。何といっても、「たらこ」も卵である。卵のフォルムは一様に可愛らしいが、その中にうごめく生命を思うと、やはり得体の知れぬ薄気味悪さを禁じ得ず、完全にツボである。そして、美味ければ言うことなし。次は「ウニ」(黄色いキューピー)か「いかすみ」(黒いキューピー)を期待したい。

サイトでは、物狂おしく懐かしい音色の、巨匠・上野耕路のCM曲も着メロダウンロードできる。たいへんよろしい(のか?)。

2005.04.18

2005年07月29日よりDVDリリース

やっと発売日決定。『アレキサンダー』日本盤DVD。で、詳細仕様はまだ。海外盤を調べていると、北欧盤やドイツ盤には見当たらなかった「監督&歴史アドバイザーのコメンタリー」がついている国もあるようす(→(ex)イタリア)。よかった、よかった(日本でもたのむ。どうせなら俳優のコメンタリーもつけてくれると、なお嬉しい)。

国内盤続報。ふつうの(=スタンダード・エディション)が3465円。プレミアム・エディションは海外盤同様に本編と特典ディスクの2枚組で4935円。さらに、『シカゴ』プレミアムボックスの"網タイツ"だの"パフュームボックス"だの"煙草入れ"みたいに、"アレキサンター着用ミニスカ"とか"ヘファイスティオン大理石像ミニュチュア"あたりがついてくるバージョンとかあったら、どうするかなあ(←ねえよ)。ミニスカはいいなあ♪ でも"サリッサ(長槍)"だけは保存に邪魔なので不要だな。


しかし、いくら10枚組12時間『この世の果ての家』を聴き込んだとしても、8月近くまでおとなしく待ってはいられまい。途中で英語字幕か中国語字幕あたりのついてるDVDを買うしかないかなあ(やっぱり5月半ばに発売されるイタリア盤か?)。

あ、ちなみに公式サイトでの劇場上映情報では、5/11~17大阪、5/14~27兵庫というのが増えている。愛知は今週末まで。

2005.04.14

この世の果ての家(原書版)オーディオCD

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映画化と同時に、オーディオCDも出来ていたようだ。知らなかった~。2004年7月発行。『この世の果ての家』(英語原書版)を、ボビーのコリン・ファレルとジョナサンのダラス・ロバーツで朗読したもの。アリスとクレアは映画のキャストとは別。しかも、完全ノーカット版12時間CD11枚組編集版7時間半CD6枚組の2種類がある。そりゃ、ただ聞いていても何だかわからないだろうが、原書と一緒に聞くとか……。いやいや、ただ聞いているだけでも、ノーカット12時間はおいしすぎる。しかも、ボビーのパートとジョナサンのパートは映画どおりだし。あああああ~。

上記の話題と全く全然何の関係ないが、あのマフマルバフの映画にもなったアフガニスタンの都市「カンダハール」の語源は、「アレクサンドリア」なのだそうだ。宇宙戦艦でおなじみの「イスカンダル」は、「アレクサンドロス」のペルシャ語読みだというし。そういえば、アレクサンドロスの妻となったロクサネの発音する「シカンダー」というのも、確か、彼女の発音が不完全なのではなく、彼女の民族の言葉で「アレクサンドロス」が「シカンダー」だったかと。

2005.04.12

ダミアン?

いつも出勤の支度をしながら聞いている朝のラジオ番組では、火曜日に映画評論家が2本づつ、週末に公開される映画を紹介する。

今週は『インファナル・アフェアⅢ 終極無間』と『海を飛ぶ夢』だったが、前者の出演者を紹介するときに、

  『HERO』で秦の始皇帝を演じたチェン・ダミオン

という声が聞こえてきた。間髪入れず「ダオミンだよ!」とラジオに罵声を浴びせる奴が1人……。陳道明、秦の始皇帝のみならず、ぜひともダレイオス3世を演じていただきたいと願っている自分である(←どこでだよ)。終極無間は、彼を見るためになら見にいってもいいなあ。

2005.04.11

日記だな、しかもきのうの

土曜日は『バッドエデュケーション』を見に出かけたものの、時間ギリギリだったため満席で入れず、その足で上野に向かい大王を見る(←ほかの映画も見ろよ)。大王はキャパの小さな館ながらなかなかの客の入りで、最前列にも先客が2組もありびっくり。

その後、ニセ妹嬢と久々に会う。同病者なのでなから強制的に、あるいは息子自慢な母のように、DVD『フォーン・ブース』を見せる。

この映画なども、小品ながら、もし映画館で見ていたらもっと緊迫感があって面白かっただろうと思う。ビデオ鑑賞は、そりゃ「見ない」よりはいい。でもやはり映画は映画館で見なければ、その真価を味わい尽くすことはできないだろう。『アレキサンダー』などは特にそうだ。ガウガメラの戦いで右翼の先端を走っていたアレクサンドロスが「レフトターン」したときの俯瞰映像など、いつもアレクサンドロスを追って頭がスクリーン右下方向を向く。まるで、スタジアムでサッカーを見ているときのように、巨大なスクリーンの中の1点を目で追うのだ。それはもう平らな銀幕の中で起きているできごとではなく、3次元のできごとを目撃するに近い感覚だ。

昨日の日曜は、韓流シネマフェスティバルの前売り購入済み2作品を見るつもりが、DVDで『アメリカン・アウトロー』などを見始めてしまい、大した話ではないのだが軽妙で楽しい台詞のやりとりと激可愛いヒーローの魅力の深みにはまり、韓国映画1作品目に間に合わず。2作品目だけ見ようと意を決して出かけたものの、今度は新宿で5分だけ時間に余裕があったのをいいことに本屋に寄ってしまい、国内雑誌の某CFのグラビア記事と某JLのインタビュー記事を見ているうちに上映時間をオーバー。

あきらめてテアトルタイムズスクエアに向かい、ついに『バッド・エデュケーション』見る。

日本でのチラシの赤とピンクのバラのイメージのせいか、めくるめくような極彩色のどぎつい画面を期待していたが、内容の濃さに反して薄暗い画面、そして監督の語るとおり、非常にパーソナルなストーリー。タイトルはきっと"悪い教育"の方が、ヨーロッパ映画らしいし、作品本来の世界にふさわしいだろう(だが、"悪い教育"ではセンスが古すぎる)。私小説的なスケールの小ささと湿り気と、イグナシオのアパートの入り口のモザイクのような暗いきらめきに彩られた、猛烈に好みなつくりの作品だ。どこかの雑誌で批評家が、劇中で登場人物たちが見にいく映画にひっかけて、(この作品もまた)フィルム・ノワールだと書いていたが、そのとおりだと思う。

ガエル・ガルシア・ベルナルは、夢(それも悪夢)に見そうなぐらい強烈な引力で観客をひっぱる。全く異なる表情を見せる3つのベッドシーンは、どれも見応え十分だ。

愛と感動の美しい映画だと勘違いして皆が見にいくといい。きっと、エンタテイメントではない映画の奥深い魅力を知る人が、その中から出てくるだろう。

大王に続いて、今年はこんな作品が公開されちまって、自分はこのままどうにかなってしまいそうだと危ぶむばかりだ。それにしても、『アレキサンダー』や《A Home at the End of the World》ごときでキャリアを危ぶまれてしまうコリン・ファレルのいるハリウッドとは……と、全く別の部分でためいきが出た。もちろん、『バッド・エデュケーション』だって制作も監督も役者も、自らを賭して作っているに違いないのだが。

2005.04.08

我慢しなきゃね

大王DVD、北欧圏(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)ではつい数日前に発売されたという。デンマークやスウェーデンのネット通販サイトで映像特典を調べていたら、ついつい買いたくなってしまって困っている。韓国まで1~2週間で発送、って書かれているところすらある。それなら、日本だってその程度の期間で届くんじゃないのか。2枚組のDVDは日本円にしておよそ5000円(デンマークの価格)で、送料を含めると7000~8000円弱ぐらい。今発注すればGW前に見られるって?(世界中でも、次に発売になるのは、早いところで5月中旬である) 当然、北欧仕様なので英語字幕ではない。リージョンも違う。そりゃあもちろん国内盤は買うんだが、下のような具体的な数字を見ちゃうとねえ……。我慢できるのか、自分。

 ●北欧版の2枚組のうち、本編以外の1枚の内容は、制作ドキュメンタリーが76分、メイキング映像12分、インタビュー15分、削除シーン15分。

もうそろそろ、国内盤の情報が出ていいころだ(7月発売という情報はどこかにあったが)。日本版が発売されるときには、監督&俳優のコメンタリーなんかがついてると死ぬほど嬉しいのだが、無理? ついでに字幕監修をされたマケドニア史の森谷先生とか、時代考証(アドバイザー)のロビン・レイン・フォックス氏あたりのコメンタリーなんかもついてると、さらに嬉しいんだけどなあ。

2005.04.06

ワンダーランドから

ヴァル・キルマー主演、ワンダーランド。5月公開。かなり良い出来という噂→公式サイト。ヴァル・キルマーって誰かに似てるなあと思っていたら、どこか『ロードムービー』のデシク(ファン・ジョンミン)を思い出させる表情を見せるときが……。え?似てるのは髭面だけ?

気になっているのは、この人の『ドアーズ』(オリバー・ストーン監督作品)。未見。映画は、『この世の果ての家』の翻訳者、飛田野裕子さんが訳された『ドアーズ』(ジョン・デンズモア著)とは別物?

翻訳者といえば、『わが家の犬は世界一』と陳道明にトラックバックを飛ばしていただいている「しのわずり」の管理人さんは、何と范植偉も出演した《地下鐵》の原作である絵本『地下鉄』をはじめ、『Separate Ways 君のいる場所』(金城武主演の『ターンレフト ターンライト』の原作)など、ジミー作品を翻訳されている方である。

そういえば、『アレクサンドロスと少年バゴアス』も、翻訳者の方が10年間手塩にかけて訳された労作である。いろいろ読んでくると、この作品はバゴアスを視点にしている故に、小説としてのユニークさが群を抜いていることを実感する。ロマンチックな割には表現が抑えられていることにも好感を持つ。『アレキサンダー大王 陽炎の帝国』などの方が、小説として大胆な脚色がほどこされている感じを受ける。

そして久しぶりに映画館で大王以外の映画を見た。前売りを買ってあった『清風明月』だ。前評判が相当悪かったので全く期待していなかったのだが、やはり楽しませてくれた(公開、ずっと待ってたんだもんな~)。チョ・ジェヒョンが良いのは言わずもがなだが、チェ・ミンスの鬼気迫るラストにはびっくりした。『MUSA-武士-』といいコリン・ファレルのアレクサンドロスといい、"長髪、血みどろ、鬼の形相"というパターンには結構"持っていかれる"ものがある。で、『清風明月』を見た人の多くが「なんだかなあ」と言っているのは、全てが主演2人の気恥ずかしくなるような友情に収斂されてしまうから? 『アレキサンダー』の感想でよく見かけるのと同じ?

思いつくままのだらだら記事にて失礼します。しかし最近、アレルギーが完全に"膏肓に入る"状態。


2005.04.05

バビロンの残り香

本日から東京国立博物館で始まる「ベルリンの至宝展」、きっと"何か"あるだろうと思ってサイトを見にいったら、ありました。

いや、"何か"ってギリシャかペルシャかそのあたりの、「あれ」とか「これ」とか~。

展覧会には、アレクサンドロス関係の本にも出てくるバビロンの、イシュタル門のライオンのレリーフが出品されている模様。公式サイトの画像(古代西アジア美術に分類される)だと色がよくわからないが、地のレンガは青いんである! 映画に出てきたあのバビロンの門と同じ青である(って、映画の方が、実物を模したセットなのだが)。

ラファエロもボッティチェリも見ずに、レンガの色だけ見てうっとりしているバカが国立博物館にいたら、それはこの……。
   ↓
4/5初日、仕事ぶっちぎって見てきた(←ウソ、たまたま休出の代休だった)。正確には門のレリーフ(フリーズ彫刻)ではなく、イシュタル門につづく行進道路の両脇を飾る壁の彫刻である。新年の祝祭のときなど、ペルシャ王の行列が通る道を飾ったもので、彫刻のライオンも何頭も連なって行列を形づくるわけだ。

今回の展覧会は幅広く近代美術まで展示しているが、中でも、エジプト、古代西アジア、ギリシャ・ローマ美術あたりが圧巻だ。エジプトの木棺をしげしげながめ、ギリシャ彫刻に見とれた(ハドリアヌス帝寵愛の若者アンティノオスの像の美しいこと!)。

さらに、コインのコレクションの筆頭を飾るのがアレクサンドロス時代の4ドラクマ銀貨。表はヘラクレス、裏はゼウスで、ゼウスの脇に「アレクサンドロス」と刻印された、いかにもいかにもアレクサンドロス好みのコインである(笑)。

2005.04.03

花より何とか

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本日の上野。写真撮るの下手すぎ(発光なしで撮ったものは思いっきりブレてたし)。

……確かに『アレキサンダー』は、(興業的に)失敗作かもしれない。映画は、いろいろ調べてから見ると、あらゆるシーンが様々な資料に基づいていることがわかるが、作品としてはどこか"生硬"な感じがする。それが欠点でもあり、魅力でもある。歴史大作でも娯楽作でも芸術作品でも人間ドラマでもなく、形容するならやはり"問題作"だと改めて思う。それを"失敗"というなら、コリン・ファレルにはあえて劇中のプトレマイオスの言葉をかけてやりたい気がする。「君の今度の"失敗"は、どんな成功よりも栄光に満ちているよ」と。

彼の『ヴェロニカ・ゲリン』での登場シーンと『リクルート』のコメンタリーはかなり可愛い。このところ、『フォーン・ブース』と『デアデビル』の次に気に入っている。

『アレキサンダー』は、現在の最終カットの前、4時間の作品だったという。そいつを見てみたかったなあ。ゲドロシア砂漠の灼熱地獄の帰還シーンとか、なかったのか? 国王クラス、いやそれ以上だったと言われるヘファイスティオンの葬儀シーンとか、なかったのか?(あっても盛り上がらないか……)

最近、読み飛ばしていたインタビューをちゃんと読んだら、すっかりヴァル・キルマーもお気に入りだ。なんとこの方、きっちり日本でもファンサイトがある。いや~、次の公開作が楽しみな、これまた"役者バカ"系俳優である。

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