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2004.11.15

ポケットでもインクでもなく

やっと、『モンスター』を見た。

今年の米アカデミー賞でシャーリーズ・セロンが最優秀主演女優賞をとったこと、ヒロインは実在の女性連続殺人犯で死刑判決を受け12年服役し、2002年に処刑されたこと(映画は処刑の2カ月前にクランクイン)、その役柄は、道端で客を取る娼婦であり、その生活環境ゆえに体型はくずれ肌はボロボロ、まともに教育を受けられる境遇になかったことと、食うか食われるかオンリーの厳しい現実の中で生き延びてきたことにより粗野な言動が身についてしまっているというもので、それを美女の誉れ高いシャーリーズが、体重を13キロ増やしシミだらけの皮膚のメイクと差し歯で演じ切ったということで話題を呼んだ映画だ。

『モンスター』はパティ・ジェンキンス監督の長編第一作で、インディーズ制作である。46歳で死刑囚として世を去ったアイリーン・ウォーノスという女性の生涯のうちの、主として30歳からの5年間をリアルに映像化している。それは、ローティーンの頃から娼婦としてしか生きる術のなかったアイリーンが、疲れ果てて自殺を考えていたときに出会ったレズビアンのセルビー(クリスティーナ・リッチ)と心を通わせ、愛し合い、いさかい、別れ行く5年間であり、たまたま拾ってしまった客の異常な性癖により殺されかけ、その客を銃で撃ち殺したことがきっかけで、「仕事」への恐怖感と、逃亡生活資金のために殺人を重ね、逮捕されるまでの5年間でもある。映画では、その後の裁判や最期の日の場面もあるが、メインとなっているのは、この5年間だ。

映画には想像通りの力でぶちのめされるが、アイリーンを描くためにこの5年間を切り取ったのはさすがだと思う。それは「なぜ、愛を知ってしまったんだろう」という日本でのキャッチコピーにも表れている。悲惨過ぎる境遇におかれた人生とはいえ、「非情に殺人を重ね、服役中も強気な発言を続けた」モンスター=(イコール)理解不能で不気味な存在としてのアイリーンが、セルビー(当時の実際のパートナーは別名)との交流が描かれることによって感情移入可能な存在となるからだ。パンフレットには、主演女優でありプロデューサーの1人でもあるシャーリーズ・セロン本人の言葉として「『モンスター』は、ひとりの女性が人生と愛を求める物語、心の底から愛されることを求める物語。その観点からすれば、この映画は単なる連続殺人犯を描いた映画ではなく、美しい恋愛映画でもある」とある。確かに、そういう要素がなかったら、彼女の人生は見るだけでも辛すぎる。

でも、アイリーンはひとりだ。東京国際映画祭で見た極貧の娼婦の登場するフィリピン映画『防波堤の女』のように、優しく守ってくれる男など現れやしない。仲間もいない。たったひとりで、ハイウェイ沿いに立ち、客となる車をヒッチハイクする。この仕事には精神力が要るのだと、モノローグが入る。そこで起こること全てを、自分で解決しなければならないから、と。セルビーと出会い、娼婦を辞めようと就職活動をしたときの、学歴もキャリアもない彼女への世間の手酷い扱いへの抵抗と、なけなしの誇りをひしひしと感じるリアルな言葉だ。

たるんだ下腹。落ちた尻。シミと傷だらけの顔と身体。痛んだ髪……。いや、醜くなんかなかった。「をんなが付属品をだんだん棄てると どうしてこんなにきれいになるのか」。「見えも外聞もてんで歯のたたない 中身ばかりの清冽な生きものが 生きて動いてさつさつと意欲する」とはまさにアイリーンのことではないか。パンフレットに載っている「本当」のシャーリーズ・セロンの光輝く美貌が、ペッカペカのお面に見えるぐらい、アイリーンは魅力的だった。それだけ、シャーリーズの演技に魂がこもっていたのだろう。

そして、自分が最も引っかかったのは、パンフレットにある字幕翻訳の方の一文だ。

シャーリーズが不美人になる努力は素晴らしいけれど、ハリウッドには"演技のうまい不美人女優"はいくらでもいるはずだ。そういう地味な女優が"素の顔"で演じていたら、果たしてアカデミー賞を獲得できただろうか…?◇「こんなブスメイクで、どこがシャーリーズなの?」というほどの変貌ぶりでも、観客は"醜い女を演じる美しいシャーリーズ"を見に映画館へ行くのだろう。美しいシャーリーズは、美しくない女優がつかめたかもしれないチャンスを奪ってしまったとは思わないのだろうか??◇撮影が終わったら当然のように元の美しい彼女に戻ってしまったシャーリーズに、そんなことを言うのはヒガミかな?(映画『モンスター』パンフレット「Behind the Subtitles」松浦美奈 より)

シャーリーズ・セロン自身は、不幸な生い立ちもあり(もちろん女優のキャリアの上で重要な仕事ということもあり)、この映画に積極的に参加したという。だから彼女がどう、ということではない。映画のパワーやシャーリーズのがんばり同様、あるいはそれ以上に、インディーズとはいえ制作側が巧みだったということだろうか。

このあと、イ・ジョンジェのセクシーお天気お兄さん(←ウソウソ)が見られる『オーバー・ザ・レインボー』を見に行った。本当なら逆の順で見るべきだが仕方なく……。さわやかに見終えることができたのは、ひとえに女優さん(チャン・ジニョン)のキャラのおかげか?

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