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2004.10.18

やっと手に入れたもの(その1)

「白先勇 罪の子」で検索をかけると、すぐに見つかる文献がある。「白先勇のある系譜-『罪の子』に至るまで」という評論なのだが、「日本台湾学会編 戦後日本における台湾関係文献目録」というページにタイトル等のデータが載っているだけで、本文までは出ていない。ただ、論文が発表された雑誌名として「文学空間 3巻10号」(1995年12月出版)という表記がある。

著者は池上貞子氏。当方でも「寂寞的十七歳」というエントリの中で、『満天にきらめく星たち』(原題:満天裡亮晶晶的星星)という作品の翻訳者としてちらっと紹介した方だが、張愛玲や朱天文の研究で知られる中国語文学者で、著書や訳書も多数ある。

白先勇の「新公園シリーズ」(←しつこいですが、そんなシリーズはない)の1つである短編小説『満天にきらめく星たち』が掲載されていた「ユリイカ 1995年11月臨時増刊号」に、その邦訳を担当した池上氏は、自身「解説」として「中国における男色文学と白先勇」という題名の小論文を載せており、文中には既に、冒頭であげた文献のタイトル同様の、白先勇の文学作品群の中で特に個別には取り上げられることの少ないホモセクシュアルをテーマ(あるいはモチーフ)とするいくつかの小説を、彼の文学の集大成でもある長編『罪の子』(原題:[薛/子]子([niezi]≒ニエズ))へ至る一連のものとして捕らえようとする視点が見られる。

最初にその存在を知ってから何ヶ月経ったかは覚えていないが、「ユリイカ」掲載の解説文の筆者が、明らかに同じテーマで書いたであろう「白先勇のある系譜-『罪の子』に至るまで」という文章を、ずっと読んでみたかった。中国語が不自由な身でありながら、一応『罪の子』の原書を持ってはいる。辛うじて書いてあることを推察できても、作品を味わうことなど不可能だ。国書刊行会から発刊予定とされて久しい「新しい台湾の文学」シリーズの『罪の子』(日本語訳)がいまだ上梓されない以上、池上氏の評論が、この作品に関して日本語で読める貴重な文章の1つにであることは間違いない。そんなわけで、ゆるゆると、あるいは真剣にネット上の古書店を探し続け、あるときは断られ(←「29冊セット15,000円じゃないと売らない」と)、ついに手に入れることができたのは9月1日だった。

文中には、「ユリイカ」での翻訳が、まさに評論執筆のきっかけであったことが書かれていた。『満天にきらめく星たち』の訳出があったから、「中国における男色文学と白先勇」という解説があり、さらに「白先勇のある系譜-『罪の子』に至るまで」がまとめられたわけで、今年初め、"リアル"書店で偶然見かけた「ユリイカ」バックナンバーを手に取り、その1つに掲載されていた『満天にきらめく星たち』と出会った自分には、著者と同じルートをたどれたことが幸運でもあり不思議でもある。

『文学空間』(vol.Ⅲ no.10/編集発行・20世紀文学研究会)はB6版・約200ページの小さな本で、目的の評論はそのうち15ページほどのものである。前半は白先勇文学の位置づけと『罪の子』以前の作品を解説し、後半は『罪の子』の解題に費やされている。

前半で最も興味深かったのは、『寂しき十七歳』や『満天にきらめく星たち』よりも前に書かれた、初期の"系列"作品の1つ、『月夢』のストーリーについて触れた部分だ。

『月夢』の主人公は、初老の医師である。黄昏の中で、彼が治療したがその日亡くなってしまった急患の少年に思いを馳せながら、さらに自身の若き日の思い出を回想するという構造の短編小説だそうだ。医師の名は呉という。呉という医者と言えば、小玉の"林さん"を待ち続けた学生時代の親友、呉春暉医師を思い出さないわけにはいかない。池上氏の論文の中には、呉医師が若かりし頃の美少年との抱擁を回想するシーンの一節が訳されているので、ドラマの呉春暉医師あたりのビジュアルを想像しつつ読んでみる。

「その時の肉体の感じた慰謝は、呉医師の感受性には強烈すぎた。目を閉じさえすれば、かすかな情感が彼の胸のうちにたゆたい始める。ひんやりとした湖水がまるで彼の背に注がれでもしたようであり、手の指と胸がすぐに繊細な体に触れたようになる。その快感はあまりにも甘美で、彼には奇怪に思われたくらいだった。」 (池上貞子「白先勇文学のある系譜――「罪の子」に至るまで」より)
まあ、「あまりにも甘美」なのはあなたの文章ですよ、白先生、と今回も言いたいところだが、きっとこの短編にも、完璧な美文と背中合わせに寂寥や無常感がついて回るのだろう。『月夢』の主人公の医師は、この後、回想の美少年の面差しに似た急患の少年の遺体に触れるのだという。『最後の夜』(原題:金大班的最後一夜)などでもうならされた人物の外形や触感などのフィジカルな描写が、このほんの数行の文にも生きている。『罪の子』にも、そんな表現が詰まっているんだろうか? 物語やテーマといった部分以外の、作家が心と技を尽くした言葉そのものも、つくづく味わってみたいものだと思う。

後半の『罪の子』に関する部分では、タイトルにあるような「『罪の子』に至るまで」の流れが、"系統"作品すべてにわたり説明し尽くされているわけではないのだが、『満天にきらめく星たち』に登場する「俺たち」が、『罪の子』中の登場人物としてどのように展開されたかといった読みが興味深い。

『罪の子』は1977年から発表され1983年に最初の単行本が出版されたのだが、白先勇自身は1971年から書き始めたと言っているそうだ。つまりは30年以上前の小説なわけだ。とはいえ、それは唯一の長編としての"総まとめ"的な作品ではなく、例えば登場人物の設定(=中心になっているのは社会の底辺で生きる若者たちであること)1つをとってみても、上流階級の大人が描かれることの多い白先勇作品の中では異色であり、そのほか多くの面で画期的な作品なのだという。

池上氏は、「相公(かげま)」という伝統的な中国式男色の概念に対し、「『罪の子』は売春という本来「相公」の抱えるイメージを事柄として扱いながらも、その社会性や文学上の扱い方は欧米のそれだと思う」と述べ、『罪の子』がゲイという新しいコンセプトで書かれた作品であるとしており、さらに、後半で若者たちの支柱となる傅老人(老爺子)という大きな存在と、彼が気にかける孤児院の子供たちなど、阿青たちよりもさらに厳しい境遇に生きる小さな生命の存在が、小説に陰影と奥行きを与えていて新しさを感じると書いている。

ニエズという公共電視制作のテレビドラマを振り返ると、30年前のこの意欲的な小説が、テレビドラマとして視聴者の興味を引くように、見やすいように上手く作られていると(原作を読んでもいないのに)感じる。「青春鳥という言葉は、新公園にたむろして男性売春をしている少年たちをさす」と池上氏が説明してくれているが、確かにこれは、それだけでも(表面的には)かなり過激な題材だ。

白先勇は「『罪の子』で描かれているのは同性愛者であって、同性愛そのものではない。作中には何ら同性愛的描写はないし、登場人物は被圧迫者なのだ」と述べているそうだが、なるほど確かに、親子や兄弟や仲間の間の愛情(愛憎)以外で、「恋愛」が描かれているのは龍子と阿鳳のエピソード部分ぐらいなものだろう。

原作では、李青の実験室での出来事の相手は、趙英(楊祐寧の役)ではなく学校の職員である。白先勇はインタビューで「当初は事件の相手が李青のクラスメートであるという脚色は受け入れ難かった」と述べていた。これに対しドラマの曹瑞原監督は、李青の相手をクラスメート(趙英)にしたのは、(そうすることで"淫行事件"の持つショッキングなイメージを、誰もが持っているような初恋の美しい思い出の1コマと変え)、視聴者が、20話の物語を引っ張らなければいけない李青という主人公に感情移入しやすくするためだ、というようなことを語っていたと思う。

ドラマに阿青の淡い恋愛物語を挿入したことは、確かに監督が言うとおりの効果を生んでいる。だが、この物語のテーマは父と子であり、社会と個人であり……いや、文学作品のテーマをこんなところで断じるのは浅薄に過ぎるが、少なくともテレビドラマだけを考えても、恋愛に終始しない話は恋愛とは無関係な人間をもシラけさせない。

翻訳されたわずかな作品を読んだだけなので、あくまでもその中での印象だが、ニエズの物語は白先勇のほかの小説に漂う虚無感のようなものが薄く、メインとなる登場人物が若いということもあるが、とても力強く前向きな作品だと思われる。その点こそ大きな魅力だろう。それとも、その彼らも老境にさしかかれば、白先勇のほかの作品の登場人物のように、黄昏の中で人生を振り返り物思いにふけるのだろうか。

老人すらもたそがれているばかりではないニエズのドラマ中で最も好きなシーンは、終盤近く、老爺子が李青父を訪ねる場面だったりする。

そしてこの評論は、さらにまた別の、『罪の子』に関する文章に自分を導いてくれたのだった。それについては(その2)で。

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