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2004.08.25

沈黙の羊たち

旅行中、乗り物に乗っている時間が長いため、もしも暇でやることがなかったら読もうと持っていった本は『安心のファシズム-支配されたがる人々-』(斎藤貴男著・岩波新書)だった。幸か不幸か、車中で本を広げることはなくそのまま持ち帰り、日常の中で読んだ。

本は、イラク人質事件から書き起こし、現在の日本社会に広がる全体主義的な空気――権力側の"管理"を強化していこうとする意思と、結果的に"望んで管理される"ことになっていく"一般大衆"が作り上げる世の中の傾向――を、携帯電話、自動改札、"防犯"カメラなど、現代の生活の中で当たり前になってしまった先端技術を取り上げながら検証し、その先にあるものを提示する。

自動改札機などは(著者の論点とは別の話だが)、今や便利で仕方ないそれが、機械それ自体は当然だとしても、使う側をも非情にさせるものがあるなあと常々感じている。

通勤ラッシュの時間帯、自動改札機の読み取りエラーを出し流れを止めてしまう人がいると、(おそらくは皆)いらいらしつつ瞬時に無言で別の改札機の列に移動し、何事もなかったかのように再び流れ出す。エラーを出した人は、駅員が来て解除するまで、止まった改札機の前で罪人のように1人取り残される。そんな風景は、毎日ある。

著者は自動改札を漏斗のようだと評したが、自分はそんな光景を見て、血管を流れる血液とコレステロールのようだなといつも思う。

旅先の大陸の駅は物凄い喧騒だった。駅に限らず、街じゅうで人の話し声が聞こえる。人間の数が日本とはケタ違いだというのも確かだが、その人ごみと話し声を含めた街のうるささに、活気を感じて高揚すると同時に消耗もする。日本では、駅や街で人々がこんなにしゃべっているだろうか? 自動改札を整然と通り過ぎる日本人の社会に触れたこの本を読んでから、余計に気になって、このところ通勤に利用する乗車駅と降車駅で耳をすましてみている。

音に注意を払ってみると、駅の切符売り場は自販機の声(音)ばかり。自動改札は、読み取り音とチャイムの繰り返し。そして始終出入りする電車の轟音と、アナウンスの声と発車を知らせるメロディが、構内に満ちる。が、特に朝の通勤時間など、駅で口を利いている人はほとんどいない(巨大ターミナル駅などは、また別の状況があるだろうが……)。人々は黙々と電車に乗り、黙々と電車を下り改札を出る。

もし、すべての人工音を取り除いたらと想像してみる。そこでは、大勢の無表情な人々の行進が、静まり返った駅の中に続くのだろう。まるで黄泉比良坂を行く死者の行列のように。自動改札を効率良く抜けられない人々を踏みつけにして、現代社会をスマートに"生きている"つもりの自分は、行列する立派な"死者"の1人だ。能動的に適応しているつもりが、管理され支配されているだけの……。

さて、死人つながりというだけで全く違う話になるが、先週『みなさん、さようなら』を見た。頭30分間に合わず、残り1時間の本編だったが。病床で友人たちと息子に看取られながら死を迎える男の話で、例の、今年の米アカデミー外国語映画賞をとったカナダ映画だ。

教養を披瀝もするが下ネタも満載の洒落たフランス語会話も面白いし、社会主義者だった男が"資本主義の申し子"である息子のてのひらの上で死んでいくというのも、ある種象徴的で面白いし、どんなに最期が近づいても"死が受け入れられない"とじたばたする人間の姿も面白い。

が、頭の30分を見ていないのがいけないのか、おフランスのウィットについていけずに拗ねているだけなのか何だかわからないが、その"死"があまりにも人工的で大仰で(いや、死はもちろん大仰でいいのだが)、これが現代の"死"の形なんだなという感慨はあるものの、結構シラけてしまったのだ。こんな大仕掛けじゃないと、我々現代の人間は死ねないのか、と。麻薬常習者の若い女性(ナタリー)の存在は、よかったけどね。


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コメント

銭衝さん、こんばんわ。

日本の公的な場でのアナウンス、無駄なものが多いですよね。それでいて本当に聞きたい情報は聞き取れないとか、1度しか言ってくれないとか、そんなことが多い気もします。

大陸ではしつこい客引きも多かったですが、駅前でバスルートがわからずボヤボヤしていると親切に声をかけてくれる方も何人もいて、有難かったです(といっても私は何を言われても対応できず。同行者が会話してくれました。とほ)。

私は大陸や台湾の街のうるささに、すでに高揚よりは消耗を感じるようになってます(笑)。無表情な「黙々」が少々懐かしかったりして……。とはいえ日本ではまた別のうるささに消耗します。石公さんも指摘されている、各種のアナウンスです。たまに日本に帰ると実感しますが、日本は無駄なアナウンスが多すぎますね。

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