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2004.06.07

梅2題

NHKFMアジアポップスウインドを聞いている。

きょうは祐祐が風邪をこじらせ下痢と嘔吐で医者に運ばれた……というニュースぐらい(入院したわけでなく、自宅に帰り休養、回復に向かっているそう。彼はクリスチャンだが、昨日はそんなで日曜礼拝に行けなかったとのこと)。関係ないが(クリスチャンで思い出した)、楊祐寧の英文名はTony。范植偉の英文名はViter。張孝全がJoseph(ヨーゼフとは読まないワン)。金勤はKing(←本当か?)。馬志翔はMarkだが、呉懐中は資料なし(涙)。トゥオ先生や、沈孟生は英文名はないのか?

そんな余計な話はさておく。

日本列島も、いよいよきょう東北地方まで入梅で梅雨本番。

梅雨が来ると思いだすのは、祖母が「入梅」という言葉を「梅雨入り」という意味ではなく、「梅雨」と同義に使用していたことである。浅はかだった自分は、祖母が入梅という言葉を使うたびに、「お祖母ちゃん、入梅っていうのは梅雨入りのことを言うんだよ」と偉そうに指摘したものだが、後日、辞書を引いてみたら

【入梅】 ①つゆに入ること
     ②[東北から中部までの方言]つゆの季節。 

(三省堂新明解国語辞典第五版より)

と、日本語として「入梅」が「梅雨の季節全体」を指すものであることがはっきり書かれており、誰に知らせたわけではなかったが、無知な自分がとても恥ずかしかった覚えがある。

今思えば、確かに「入梅(ニュウバイ)」の語感は二十四節季の名前にも似たものがあり、感覚的に「季節名」として受け入れられる感じがするのだ。単に、音読み(漢語)だってだけかも知れないが。「梅雨」も「ツユ」と読んだら違うけど、「バイウ」と読んだら二十四節季風だもんな。

さて、入梅のころに思い出す、もう1つの祖母の言葉がある。言葉というよりは、歌だ。よく祖母が歌ってくれた、悲しく愛しいうめぼしの一生(?)を吟じた、メロディーなどほとんどない百人一首のような節の歌だ。

それは「うめぼしのうた」という。インターネットで検索をかけたら、曲まで聴けて大変びっくりしたが、曲は最近新しく付けられたものだ。リンクしたサイトによれば、「うめぼしのうた」は、明治時代に尋常小学校の教科書に載っていたんだそうで、作者は不明とのこと。明治42年生まれのウチの祖母も、尋常高等小学校出身なので、その教科書で習ったクチだろう。

詩は、「うめぼしとしての私」の視点で描かれる。梅の花盛りから実となって、木から振るい落とされた「私」は、親木から引き離され、街で量り売りにされる。買われた先の家に行けば、すっぱい身体を塩漬けにされ、紫蘇漬けにもされ、さらに真夏に土用干しにされてしまう辛い日々が続く。でも、梅干となった暁には、シワシワの老人のようになってしまった身にも、晴れ舞台が待っている。秋、子供たちの運動会に、お弁当(おにぎり?)になってついていくし、戦争のときには、塩分補給のために、なくてはならない「私」なのだ。

我慢我慢と自戒しながら、ひたすら世のため人のために生きる梅干の一生には、日本人にとっては、いつからか刷り込まれ続け、反射的に「美徳」と感じてしまうものがある。過去のこのカテゴリでも書いてきたが、今思えば、祖母の人生訓のほとんどは「我慢する」ということに絞られていたと思う。

今、「うめぼしのうた」の詩を読むと、祖母が持っていたその価値観が育まれた土壌を見る思いがする。「兵隊としての男」「梅干をつけ家庭を守る女」「(漬けられる梅干の)我慢の毎日」という記号には、明治政府の「意図」を感じないわけにはいかない。

これを歌いながら、割烹着をつけた明治生まれの女たちは、我慢我慢の一生を送ったんだろう。歌いながら、梅干を漬けたかもしれない。流れゆく季節。美しい言葉。優しい母(祖母)の記憶。思い出の中の祖母の歌声とともに、大好きな歌だったのだ……。

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