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2004.04.21

腰痛鉄西区

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(画像は『鉄西区』東京上映会サイトより)

『裁かるるジャンヌ』を見たのが「体験」だとしたら、『鉄西区』は「体感」する映画だ。第一部240分、第二部175分、第三部130分、計545分に及ぶドキュメンタリー。王兵監督はたった1人で3年間、瀋陽の鉄西区に移り住んでカメラを回し続けたという。上映で9時間断続的におとなしく椅子に収まり続けた腰が、翌日は鈍く痛んだ。スポーツの後の筋肉痛のように。

大槻ケンヂは、『高円寺心中』の中で「ああ、やるせねーなー」と人の世を嘆息した。『鉄西区』も、第一部から第二部、瀋陽の精錬工場や圧延工場が次々と操業を停止し、労働者は職を失い、家族とともに暮らす家から立ち退かされ、取り壊され、街全体の命の炎が消え去ろうとするのを小さなデジタルカメラの映像を通じて目の当たりにするうち、心の中に「ヤルセナイ」の文字が溢れ出す。やるせないとしか言いようのない気持ちでいっぱいになる。

映画には、鉄西区の工場地帯の合間を縫って走る貨物列車と、列車を乗せたレールの映像が、物語なき物語の縦糸のように要所要所に散りばめられている。1年の半分は寒い冬だという中国東北部の、重く暗い空。雪と氷の冬景色と、漆黒の夜の風景。人を威圧する巨大な工場設備。列車が進むとともに、これでもかこれでもかと様々な業種の工場の名前が登場する。工場内部の、70年の歴史を物語る薄暗い休憩室に労働者が集い、飲み食い喋り、ときに遠慮ない口げんかが起こる。彼らの自宅は、寝台と幾ばくかの土間と台所だけのお世辞にも豊かとはいえない家だ。道には、投げ捨てられたゴミと雪とホコリが山積みになっている。塵にまみれて仕事をするから、人の顔まで黒くすすけている。

見せられるのはそんな「景色」の繰り返しだ。のどかな田園風景が広がっているわけではないし、静かな住宅街があるわけではない。緑豊かな公園があるわけでもない。それなのに、この映画を「美しい」と感じるのはなぜだ。刈間文敏氏の評論(パンフレット掲載)によれば、2003年に北京師範大学で行われた上映会では、上映開始時に300人いた学生が最後には40人余りしか残らず、中には途中で吐く者もいたという。「吐き気がするほど、ロマンチックだぜ」と歌ったのは誰だったか。この作品は吐き気がするほど、映画として美しいし、映し出される現実に吐き気がしてもなお、その美しさは圧倒的だ。それは、ドキュメンタリーというジャンルに区分けされる「現実」の一部を素材とした映像作品が、それでもしかし、意図を持って選定され剪定された監督の「創作物」であるからだろう。『鉄西区』は、映画の素人にさえも、そういうクリエイティヴィティを感じさせる作品である。 

映画の中に出てくる若者は流行歌を聞き、歌う。だが、中年以上の男女が歌うのは必ず、共産党の政策を讃えた愛国の歌だ。文化大革命がその時代の人々に与えた影響、それ以前に日本軍の侵略によって残された有形無形の傷痕・足跡、そして21世紀直前、鉄西区の工場が次々と倒産する原因となったもの。でも、そういう政治や人為をターゲットにした明確な怒りや告発といったようなものは、この映画からは感じられない。

監督が映したのは、鉄西区というエリアの「社会」が消え行くさまだ。それは「鉄西区」そのものという面でも貴重だし、「滅びゆく街」を映像に捕らえたということでも意味がある。だが見るものの心には、「鉄西区」という地球上の1つの地域の出来事と二重写しに、自分の住む街や、自分の住む家や、自分の家族や、自分がどこかへ消え行くさまが映るだろう。通勤列車に揺られて窓の外をながめれば、そこに流れる景色に30年前と同じ部分などほとんどないはずだ。30年後に同じ風景を眺めることも有り得ない。「鉄西区」だけが特別の境遇の街であるわけではない。

この映画の全編にわたるやるせなさが、見終えた後の空しさにつながらないのは、たぶん人間だけが感じるに違いない、世の中は移り行き、人はいつか死を迎え人生を終えることの、ある意味の開放感、「終わる幸福」を感じさせるからではないだろうか。もちろん、そんなものは画面には出てきやしないが。

面白いことに、圧巻の第一部、第二部に増して素晴らしい第三部の「主役」老杜の、「人生は厳しい」と語る彼のその生涯は、流転につぐ流転の人生なのに、鉄西区の巨大な「転変」の中においては、まるで定点観測者のように1人だけその奔流の外にいて、何10年変らず重い荷を背負ってやるせない人生を歩き続けているような感じがする。
(2004年4月17~18日)

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コメント

兄貴の嫁さん様、書き込みに来ていただき恐縮です。

いや、持ってます、『中国魅録』。発売当時購入しました。でも読まずに放ってありました。

ということで、コメントをいただいたので、取り出して読んでいます。読み終えたら、またここに書いてみます。

キネ旬連載の「日本魅録」の方は、毎回面白く読んでるんですが。

お返事 遅れて たいへん もうしわけありません。 「深ぁい 深ぁい 河」のあたりを
どのように まとめれば よいかと(笑)

俳優の香川照之氏が 「鬼が来た!」に出演されたときの撮影日記が 本にされていますが お読みになったこと ありますか?

「鉄西区」 見ながら 「ああ、 こういう感じなんだぁ」と 思ってしまいました。 

"兄貴の嫁さん"さん(?)、 書き込みありがとうございました。

せっかく素晴らしいコメントをいただいたのに、このところ画面を開くと居眠り態勢に入ってしまい、当の主が今さらな書き込みで申し訳ありません。

>弁当持込み可
>座布団 クッション ソファー(笑)持込み自由

>寝転んだり あぐらかいたり 
>足を投げ出したり

いいですねぇ。この長い長い映画の映像と音に包まれながら、うつらうつらと寝たり覚めたりしてみたいものだと、私はよく思います。もちろん、おっしゃるとおり、非常にシビアな部分がきっちりあって、鉄道が走るばかりの「環境映像」とは違うことはわかってはいるつもりなのですが。

>感じたのは 生活習慣・価値観 の 違い。
>「日本」と「中国」とのね。
>
>深ぁい 深ぁい 河がながれていると思います。

このぐらいの映画になると、「生活習慣・価値観の違い」を「わかる」のではなく、(本当は違うのですが)まるで実体験のように「感じる」のがすごいと思います。

"兄貴の嫁さん"さんの「深ぁい 深ぁい 河」のあたりのお話、詳しくうかがってみたいものです……。

岡山では 弁当持込み可
座布団 クッション ソファー(笑)持込み自由
でした

ちゅうわけで 寝転んだり あぐらかいたり 
足を投げ出したり で 鑑賞したので
全然 しんどくありませんでした

岡山映画祭の作品紹介では たいへんに シビアな内容だと思ったのですが 実際に見て
感じたのは 生活習慣・価値観 の 違い。
「日本」と「中国」とのね。

深ぁい 深ぁい 河がながれていると思います。

『鉄西区』は5月15日に再び映画美学校で入替なしの全3部一挙再上映のほか、『福岡アジア映画祭』でも上映されます。

感想をありがとうございました。
パンフレットなんかを読んでしまうと、見た人の多くが絶賛しているので、自分ごときが語るべき新たなことは何もないんじゃないか、というのが正直な感想でした(実は上の感想もまだ推敲中です)。

じゃあ、誰に向けて何を言おうかと考えると、やはりこの映画はまっとうなシネフィルの方々以外に、オタク・マインドを持った方々に見てほしいなと……。

映画は、消えゆく街を描いているゆえに物凄く想像力を刺激しますし、鉄道、工場設備とマテリアルには事欠かず、ディティールをほじくる楽しみはゴマンとあります。そして何よりも9時間の長丁場は、レアさマニアックさ十分で、オタクのチャレンジ精神にもぴったりです。

「鉄西区」、時間の都合で、第三部の後半を見ずして帰らなくてはいけなかったことが悔やまれます。
それでも大半部分を鑑賞できたので、贅沢は言えないな。

行ったことがない土地、体験したことのない生活のはずなのに
自分がそこにいても不思議ではないような気がしました。
このような工業地帯を描いたドキュメンタリーは形は違えど過去に色々あったし、本もたくさん出ているから、そういうのを見たり読んだりして知った気になってるだけだろ、と言われても、あるいは、作品が素晴らしかったからそんな気になったのだろう、と言われても否定できる明確な根拠はありませんが……
いわゆる「いなか」もなく、先祖代々(?)引っ越しを繰り返してきた家系のせいか、ひょっとしたらあのような場所に居ることだってあるかもしれない、ぶーたれながら箸を箸袋に詰めたりしていたかもしれない、そう思ったのは確かです。
鉄西区の重工業地帯が解体されることによって、かつてひどい大気汚染に悩まされていた瀋陽の空気がきれいになったそうですが、そこで働き、生活していた人々のことを考えると、なんとも皮肉な話です。もっとも、激変していく環境を外から眺めている分には、過去の歴史とか、社会的な状況とか、人間としてのありようなどにあれこれ考えを巡らしてしまうけれど、その当事者は、そんなことに思い至る余裕もなく、だからこそ、かえって淡々とその日その日を受け入れ、生きているのかもしれません。

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