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2003.11.20

緑色包囲

乾電池というのはそれ自体「かわいい」代物で、映画のチラシを見てもわかるとおり大量に並んでいるだけで何となく微笑ましい。その微笑ましい乾電池が使い捨てられ放置されると、単3乾電池1つで人1人の一生分の飲み水を汚染し、土壌を蝕む。

たまたま旅先で読んだ新聞で、生業としている乾電池が自然環境を害していることを知った田桂栄。彼女が、中国全土でたった1人使用済乾電池の回収に奮闘するドキュメンタリー。

ノンフィクションであることを忘れそうな美しい画面。監督は、撮りたい「絵」が現れるまで待つのだそうだ。使用済乾電池の悪影響を語るものの、この映画の真髄は、乾電池回収の使命感にとり憑かれた田桂栄という中国人女性と、家族、地域の人々の焦燥と困惑を映し出すことで立ちのぼる不思議な可笑しさにある。

「最初の人」はきっと皆、こんな風な思いを抱えるのだろう。誰も知らなかった使用済乾電池の害を、今は彼女の街のほとんどの人が知っている。何年もかかって、電池は街角の回収箱にどんどん集まるようになった。荷車をつけた自転車で日々「ブツ」を回収して回る彼女のペダルは重い。古乾電池は、彼女の店にも自宅にも山のようになっている。

金があればすべて回収に使ってしまう、家事はしない、息子の結婚費用はない、離婚だ、と夫との口論は絶えない。「結婚させたい」ひとり息子も困惑顔。近所の人々は、彼女の家の中に積み上げられた古乾電池の山が自分の畑や飲み水を汚染するのではないかと、迷惑な思いを隠さない。

当の田桂栄も実は不安の真っ只中にいる。自分はいいことをしている、しているはずなんだと言い聞かせながら、リサイクルのめどもたたない大量の古乾電池が家を占領することや、回収が原因で起こる家族や周囲の人々との軋轢に悩み苦しんでいる。

もちろん「目覚めた」彼女が目を向けるのは、乾電池だけではない。工場廃水が原因で家畜や自身に被害を受けた酪農家を率先して見舞い、工場にも強く抗議する。環境団体の設立申請もしている。そして誰も、ついてこない。

幼稚園児たちに電池回収の必要性を指導する田桂栄と「地球のクローンは作れない」というポスターを映し映画は幕を閉じる。中国大陸における環境運動の最初の1ページを見る思いがするとともに、人ひとりの力の、乾電池のごとき小ささと重さを感じさせる「含み」のあるドキュメンタリーだ。(ポレポレ東中野・11/16)

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